私の心を掴んで離さない屋台のおっちゃん
内気な私が、見ず知らずの人に
気持ちを伝えるなんて
そんな面倒なことしようと思わなかった。
生チュロスおいしかったね。
今度、あの人に「おいしかったです」
って伝えたいな。
地域の祭りから帰宅し、
リビングにかばんを床におろしながら
妻に向かって無意識につぶやいていた。
自分でも
なぜそんなことを言ったのかわからない。
甘いものが好きなわけじゃない。
社交的なわけでもない。
生チュロスを食べたのも、妻が買ったからだ。
妻が、私に向かって差し出してきたから
一口か二口、ほおばっただけにすぎない。
モチモチしていて
程よい甘みで、たしかにおいしかった。
でも、おいしさ以上に
店主のおっちゃんの
笑顔が頭にこびりついていた。
その日から、
おいしいってちゃんと伝えたい
そんな想いが心の中で踊るようになった。
1か月以上たった頃。
晩御飯を食べ終え
リビングで座椅子にもたれながら
スマホでnoteを読んでると、
妻から声をかけられた。
またお祭りがあるみたいだから
今週の土曜行ってみない?
「いいね、行こっか!」
妻は、家にこもりがちな私を
いつも外の世界に連れ出してくれる。
心の中では
伝えたい想いが
すっと膨らむのがわかった。
祭りの日、当日。
電車から降りて会場に向かう。
12月に入ってからは、お昼でもかなり肌寒い。
何十もの屋台が並ぶ中、私の目は
無意識に「チュロス」の文字を探していた。
あの生チュロスの店はちゃんとあった。
遠巻きに見ても、おっちゃんがいるのがわかる。
少し胸の奥がざわざわする。
別に強制されたわけでもないのに、
伝えたいという想いだけが
しだいに強くなっていた。
いつも通り、ひととおりお店を見て回った後、
妻にたずねられる。
「食べたいのあった?」
「唐揚げかな、
生チュロスのあの店また食べにいく?」
「うん、前おいしかったからね!」
その返事に安心して、店に向かった。
待ちは2人。
前に並んでる女性と
会話するおっちゃんの顔には
たくさんのしわが刻まれている。
あぁ…やっぱり素敵だな。
その笑顔にまた魅せられる。
順番が回ってくる、
妻が注文し終わるのを待ってから
勇気を持って話しかける。
「あの、、、こないだも
お店出されてましたよね。
前も食べたんですけど
おいしかったのでまた食べに来ました。」
言えた。
少しドキドキしながら返事を待つ。
おっちゃんはニコっと笑う。
「ほんとに?ありがとう。
うちのチュロスは一味違うでしょ?
この味はうちにしか出せないからね!」
自信ありげに語る姿が
とてもかっこよかった。
胸が満たされてしまって
味はあまり覚えていない。
でもその時の気持ちは体が覚えている。
嬉しいとも違う
あったかいとも違う
なにか包まれるような感覚。
その気持ちに名前を付けるのは
どこかもったいなくて
まだ言葉にはしていない。
勇気を持って伝えて良かった。
そう思えた日でした。
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