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写真撮影を衝動に任せたい

写真を撮っていると、ふとそんなことを思います。

僕は仕事も写真撮影だし、写真をつかった発信活動もしているので「写真を撮ること=仕事」って方程式が成り立ちます。

自分で選んだことだし、大前提好きなことなので
なんの不満もなく続けているわけですが・・・。

写真に対して衝動的な気持ちが減少している・・・!

とふと気がついたわけです。

生業として写真撮影をする機会も多いので、自分の心よりも先に頭が優先されることが多いです。お客様が明確にいるし、SNSでの発信も「伸びるかな・・?」が先に来たりします。

自分の心に従うより、世間のルールに従うような。

そうやって撮影を繰り返していくと、語弊を恐れずに言うと、どこか作業的な感じがしないでもなく、自分の「こう撮りたい!」って心を封じる撮影が習慣化するわけです。


今朝も外を見たら良い天気でした。
なんとなく写真を撮りにでかけたいなと思いつつ、どんな写真が伸びるかな〜?って考えている自分に気がつきました。


いや、待てよ。
どんな写真が伸びるかの前に、お前は今何が撮りたいんだ?

・・・

ワカラナイ。


まずい!と思いました。自分の中のクリエイティブが死んでいる?
お前はもう死んでいる・・のか・・?


自分の思想というか、哲学というか、そういう内側にある大切にしたいことが抜け落ちているような感覚。誰かの評価に沿うだけの写真を撮ろうとしている自分が表に立っている。


写真を始めた時は、もっと衝動的だった覚えがあります。

シャッターを切りたくて、世界の全てを写したくて、居ても立っても居られずに財布も忘れて車へ飛び乗る。

特別なものなど必要なく、ただ日常の中に落ちている景色を撮るのだって良いじゃないですか。旅に出なくたって、デートをしなくたって、1人で過ごすただの日常でカシャっと1枚。


普段撮ることなんてない自室

心が動いた瞬間にシャッターを切る。
頭で考える前に、もう写っている。

そんな日が欲しい。自分の中に写真への衝動を取り戻したい。

夜寝る前に、まばゆい朝陽の中にカメラと2人きりになりたいってうずうずしたい。撮りたくて撮りたくて震えたい。

そんな衝動、みなさんにはありますか?



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中澤紘大 ||写真家 サポートありがとうございます。今後の写真活動の資金にしていきたいと思っております。写真を通して”幸せを目に見える形に”していきます。