続・写真は”センス”なのか。
以前、「写真は”センス”なのか」という記事を書きました。
2ヶ月ほど前の記事ですが、定期的に読まれていて共感していただける部分もあるのかな?と思い、嬉しい気持ちです。
今日はその記事の続編。
「センスが良い」と言われるための三段階のお話しをしよう思いまとめました。
私自身、”センス”という言葉に翻弄される人生を生きているような気がします。カメラマンをやっていると、避けたくても避けれられない壁のようなものでしょうか。
しかし私自身、センスが良いと思えることが一度もなく、センス良いよね!と言われると違和感を覚えることが多くありました。(今はあまり気にしていない)
なので、写真は果たして”センス”なのかを改めて考えることに。
一般的にいう”センス”を定義した上で話を進めているので、先にこちらの記事をぜひ読んでいただきたいです。
では早速。
第一段階

第一段階は前回の記事で話している内容です。
センス=知識×経験だと知ること。
知識を集め、経験に落とし込む。
センスとは・・・
「センス=自分が持つ”美しい”の基準」
センスが”何か”は分かっていただけたかと思います。
ただこれが唯一の正解だと思っているわけではありません。
しかし少なからず私はこういう世界観の中で生きています。
第二段階

第二段階は少し難しくもあり、簡単でもある。そんな矛盾を孕んだ、ホモサピエンスらしい挙動かなと感じます。
誰かの模倣であることに気づくこと。
この世のものは全て先駆者がいると言っても過言ではないです。新しいアイディアも既存×既存で生まれる。全く新しいものなど、もうこの世にはないんだろうと思います。
そんな前提もありながら・・いろんな写真を見て、たくさん撮り続けているとふと気がつく時があります。
”なんだかよくある似た写真しか撮れない”
言ってしまえば当然なことで。
だって見ているものがよくある写真なのだから。
しかし撮っているうちは気づかない。いや、気付けない。無意識に洗脳されているような状況に近いんじゃないかとさえ思う。
バズっている写真を見ると、撮りたい!となるし、「これが良い写真なのか」と思ってしまう自分もいる。
第二段階は、こういった要素に意識的に気がつくこと。
言われてみれば当たり前だけれど、当たり前すぎて気付けないことの方が多い。なので、第二段階としています。
自問自答をしてみてください。
これは本当に良い写真なのか?自分のセンスが反映された写真なのか?
ちなみに打開策はSNSで写真を見るのをやめることです。古今東西の写真集をおすすめします。
そして次がこの記事で一番伝えたい「センスのために大事なこと」
第三段階

知識や経験の先。知識は大事。経験も大事。
でもセンスは、知識や経験だけで作られるものではないと考えるようになりました。
何が必要か・・・。
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