FUJIFILMを使うと、自分を好きになれる話。
FUJIFILM X-E5を買って、早半年近くが立ちます。
撮りました。それこそ、たくさん。
きっとこのカメラじゃないとシャッターを切らない瞬間もたくさんあった気がします。

世界にはいろいろなカメラがあり、編集ソフトがあります。
そのおかげで、ある程度のカメラであれば、ある程度綺麗な写真が写せて、レタッチをしてしまえばメーカーを超えた質感を表現することすら出来る。
言ってしまえば、適正に撮っている写真ならRAW現像でFUJIFILMの色だって再現できるんじゃないかと思うんです。
事実、レタッチ後の写真を見てどのメーカーのカメラで撮影したかなんてよっぽどじゃなきゃ見分けがつかない。
それでもFUJIFILMのカメラを選ぶのはなぜなのか。
それを「他にはない撮影体験と所有欲を満たしてくれるから」と結論づけたいと思います。
今回は撮影体験に話を絞って、写真を撮る行為が自分を好きになれる。という点に終着します。

撮影体験とは何なのか。
では撮影体験とは何なのか。
僕は2点に絞られる気がします。
・撮りたい気持ちにしてくれる。
・シャッターフィーリング(音含め)
撮りたい気持ちにしてくれる。
FUJIFILMのカメラを持っていると、不思議と被写体を積極的に探す自分に気がつきます。
写真を撮ることは、世界に気がつくこと。

X-E5はコンパクトで軽量で、でも少しずっしりもしていて、持っていることが心地良い。心地良い道具を持っていると人間は使いたくなるものです。
ファッション的に考えても持ち運びたくなる。
持ち出すということは、写真を撮る機会が増えるということ。
やはりどう考えても、X-E5には撮りたくさせる魔力のようなものが宿っている気がしてきます。
自分の手足のように扱えて、手に馴染んでサッと構えられる。この気軽さこそがカメラの真骨頂な気がします。
自分の心が動くことを実感して、うまく撮れたら高揚感に包まれる。
こうしてまた撮ろうと、次も持ち歩くようになる。そんな事を繰り返しているうちに自分の見ている世界が日記帳のようにストックされていく。
ふと見返した時に撮影した時の気持ちが蘇ってきて、また心が動く。
いろいろな世界に気がつける自分が少し嬉しくなる。
そんな自分を好きになっている。
シャッターフィーリングの良さ

シャッターフィーリングとは文字どおりシャッターを押した時に指で感じる感覚のこと。今回はシャッター音も含めてお話しします。
「カシャッ」
気持ち良いんですよ。
小気味良い音が耳と指に伝わります。
昔の一眼レフ機のような感覚は今のミラーレスにはあまりありません。ミラーの跳ね上げのあの感覚がまた良いんですけどね。
このシャッターフィーリングって、カメラごとに全然違います。
FUJIFILMのカメラで比べても全然違う。
音だけでも「チッ」とか「カショッ」とか。
指で感じる押したあの瞬間も結構違います。
こればかりは本当に体験してもらないとうまく説明ができないのですが・・
カメラ屋さんにいってデモ機を触っていただきたい。
シャッターは消耗品なので、使い続けるうちに柔らかく変化してきます。
それを「劣化」というのか、「自分仕様」というのか。
どちらにせよ自分だけのカメラになっていく感覚を感じるのは、シャッターフィーリングからくるのではないかな・・と思っています。
このシャッターを押す感覚をまた味わいたくて、ついシャッターをきってしまう。無駄に思える1枚も後から見返すと、「なんだ、いい写真じゃん!」なんて気がついたりする。
そういう新しい自分みたいな事に気がつくと、少し心がふわっとなりませんか?
2つの撮影体験

撮影体験を分解した2つの要素が、FUJIFILMというブランドによって他のカメラメーカーとは明確に違う体験をもらしてくれます。
ちなみに僕は仕事ではSONYとCanonを主に使います。
各社違うのですが、心を動かしてくれる・ワクワクを与えてくれる。という点でFUJIFILMに軍配があがると感じています。
この撮影体験を通して、写真を撮る行為が好きになり
まして写真を通して自分のことも好きになれるような気がするのです。
カメラは持ち出してシャッターを切ってこそ価値を生み出します。
その価値は結果としての写真もありますが、
写真を撮るまでの過程に大きな価値があると感じます。
FUJIFILMのカメラを通して写真を撮る。
写真を撮る行為をとおして、撮っている自分を好きになる。
そんな事を経験できるから、写真を撮る事をやめないんだと思います。
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