【3月9日。】
ここ最近の気候は、温かくなったかと思えば、翌日にはコートを引っ張り出すような冷たい風が吹く。少し緩んでは、また締まる。そんな気まぐれな温度の揺れ返しを、三寒四温とはよく言ったもので、まるで冬と春が意地の張り合いをしながら、日替わりで主役を演じているようだ。
それでも、ふと空を見上げたときに「ああ、もうこんなにも明るい」と気づく瞬間がある。カーテンの隙間から差し込む光が、以前より長く床に伸びている。カレンダーをめくれば、もう3月。暦の進みを実感する。
3月9日。
奥さんが美容学校を卒業した。
卒業式は生徒のみで行われたため、僕は出席していない。もし、保護者の参列が認められていたとしても、きっと奥さんは僕に「絶対来なくていいから」と釘を刺しただろう。自分のことは自分で、派手に騒がず、でもちゃんと胸を張ってやり遂げる。彼女はそういう人だ。
無事に式を終えて、卒業証書を大事そうに抱えて帰宅した奥さんは、珍しく声が弾んでいた。いつもより少し高いトーンで、卒業式の様子を僕に話した。まとまりなく一生懸命に話す姿が、まるで子供みたいで、僕は彼女の話に耳を傾けながら、とても微笑ましく思った。
校長先生がスピーチの途中で涙をこぼしたことや、担任の先生と固く抱き合ったこと。クラスメイトたちと写真を撮るときに「私、絶対先生だと思われるよね!」と言って、その日一番の爆笑をさらったのだと、奥さんは少し自慢げに笑っていた。その笑顔を見ていると、なんだかこっちまで胸が熱くなった。
ニ年間。しかも、44歳という年齢での新たな挑戦だった。
それは、決して平坦な道のりではなかった。
周りは20歳以上も年下の若者ばかり。その輪の中に飛び込む勇気だけでも相当なものだ。しかも同時期に、息子の特別支援学校への転校という大きな環境の変化も重なった。試練はそれだけではなかった。最初に入学した学校が経営難で途中で閉校してしまうという、信じられないようなトラブルにも見舞われた。
普通ならどこかで心が折れてもおかしくない状況だ。けれど、彼女の口から「辞めたい」という言葉を聞いたことは、ただの一度もなかった。
休みの日には慣れない実技の練習を何度もこなし、夜遅くまで問題集と向き合っていた。たとえ、疲れ果てて学校から帰ってきても「楽しかった」と笑っていた。
そんな日々が積み重なって、今日という日を迎えたのだ。それは、とてつもない偉業だと僕は思う。
奥さんは言葉ではなく、その姿で僕に大切なことを教えてくれた。
「いくつになっても、人は挑戦できる」ということを。
もちろん、まだ国家試験の合否が分からない以上、手放しで安心はできない。ただ、結果がどうあれ、彼女が歩んできた道は、既に価値のあるものだと僕は確信している。
数年前までは、まさか奥さんにこんなセリフを贈る日が来るなんて、想像すらしていなかった。でも今は、心の底から精一杯の大きな声で伝えたい。
本当に本当に、卒業おめでとう!
おしまい
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こちらの企画に参加しています。
アルロン賞を狙っています。
受賞したら副賞でアルロンさんに『3月9日』を唄ってもらいます。
#そんな副賞ありません
コッシー
