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【海外エンジニア】闇を呪うより一本のろうそくに火を灯せ

ワーホリビザで海外エンジニアの夢を叶えた話

最近、僕は夢を叶えました。
20代で達成したいことリストに入ってた、ここ数年この夢を叶えるために行動してた、自分にとってすごく特別で大きな夢です。
先日、ワーホリで滞在中のバンクーバーで、ある会社からエンジニアとして採用の連絡をいただけました。
海外で通用するエンジニアになろうと決めて、英語の勉強を始めて、ちょうど3年、ずっと追いかけていた夢をやっと叶えることができました。

インスタにこの話を投稿したら思ったよりも反応がすごくて、もう少し詳しく書いてみようと思ってnoteを書くことにしました。
自分の人生を振り返りながら、この夢を叶えるまでの過程とこの経験から自分が学んだこと、皆さんに伝えたいことをシェアできたらと思います。

新卒から退職まで

大学卒業して2年半くらい、新卒で入った会社でサラリーマンとして働いていました。僕は地方出身だったので、一度東京に出てみたいという気持ちが昔からあり、東京の企業ほぼ一択で就活してました。ある程度規模が大きくて名の知れた会社に入ることができ、東京でITの技術を身につけようと思っていたんですが、最初の配属発表で地方転勤が決まり、結局東京では働けませんでした。
2020年の入社でコロナ真っ最中だったこともあって、同期や先輩と関わる機会は全くないし、研修も仕事も全てがリモートでした。
それどころかせっかく東京や地方の自分が知らない新しい場所にいるのに、どこにも行けないし、誰とも遊べないような、そんな思い描いていた社会人生活とはかけ離れた生活を送っていました。

地方転勤になってしまって、こんな会社辞めてやるわ!みたいにホンキで考えていた時期もありましたが、コロナ禍で先行きの見えないまま、新卒で入社した会社を3か月そこらで辞められるはずもなく、結局転勤を受け入れることにしました。
もともと社会人になったら全力で仕事を頑張りたいと思っていて、地方に行っても仕事には自分なりに本気で取り組んでいました。当時はめちゃくちゃ残業してたし休日出勤もしてたし、プロジェクトの規模もお客様の規模も大きかったし、周りのレベルも高くて、毎日必死についていくのに精一杯でした。振り返ってみると、当時の自分がいた環境は「エンジニアや社会人としての成長」という面ではかなり恵まれた環境にいて、この2年半の経験でかなり成長させてもらえたなと今では感謝しています。

もともと起業志向があって、新卒で入社した会社も、数年したらやめるつもりで就職活動をしていました。サラリーマンをしていて、ある程度この環境から学べることは吸収できたな、というタイミングで退職することを決意しました。
本格的に会社を作って大きな勝負を仕掛ける前に、自分の技術力やビジネス力がどれくらい通用するのかを試したくて、「東京でフリーランスになろう」と決めて、根拠のない自信だけを持って思い切って会社を辞めました。

退職してから広島→東京に数日で引っ越して、失業手当をもらいながら「これからどうやって生きていくか」をちゃんと考え始めました。

フリーランスの壁

当時は周りにフリーランスエンジニアの知り合いもゼロで、契約する会社の当ても何もない状態でした。 無知なりにネットで情報収集してみると、自分なんかじゃ到底通用しないと感じて、めちゃくちゃ焦ったし絶望したのを今でも覚えています。
実際に蓋を開けてみると、フリーランスの業界は当時の自分が考えていた「とんでもなくすごい人たちの集まり」みたいな感じではなくて、需要もそこそこあって、案件探し、仕事探し自体は大したことなかったんですけど、当時の自分は無知だったのでとにかく絶望してました。笑

特別なスキルがないといけない、もっと勉強しないといけない、そんなことばかりずっと考えてて、自分が出した答えが「海外でも通用するエンジニアになること」でした。

汎用性が高い、IT×英語のスキルを持った日本人って相当ユニークだと思ったし、当時は日本のプロジェクトの作業を海外に委託する、オフショア開発が流行っているという認識もあって、そういう経緯で何度も挫折してきた英語学習をまた1から始めることにしました。

この辺からnoteを書き始めていたので、よかったら昔の記事も読んでみてください。

英語学習の3年間

高校以来のガチ勉強は、結果が出なくて悩んだり何度も挫折しかけたり、本当に諦めたくなる時が数え切れないくらいありました。
それでも自分で決めたことだったから頑張れました。
この辺も過去に記事にしているので、もしよかったら読んでみてください。

最初の頃は気が狂ったように英語を勉強してて、休職中は1日8時間くらい勉強してました。フリーランスとして働き始めてからも休日は1日8時間くらいやってた時もあったし、平日でも最低4時間は仕事しながら勉強してました。今振り返ってみても異常なくらい頑張れていたと思います。

勉強の成果も現れて、当時はかなり急激に伸びていたと思います。
それでも、TOEICとか英検で目に見える形で目標を達成してもペラペラ喋れるようにはなかなかならなくて、毎日オンライン英会話と新しい勉強法を試したりとにかく試行錯誤していました。

日本での独学に限界を感じて、2024年の4〜7月にフィリピンのセブ島に語学留学にも行きました。留学を終えて、英語の勉強を始めた2022年11月から約2年くらいで、ある程度英語がスラスラ話せるようになりました。

英語力のためだけに行った留学だったけど、海外での生活を経験して価値観が大きく変えられて、1年間日本でしっかり働いてお金を貯めて、2025年にバンクーバーにワーホリに行くことを決めました。

バンクーバーの仕事探しの現実

留学からの帰国後、日本でも本格的にビジネスを始めてみたかったり、フリーランスとしてキャリアアップしてみたかったり、やりたいことはたくさんあったけど、海外での刺激的な生活が忘れられなくて、「今しかできないことをやろう」と決意して2025年の7月にバンクーバーに来ました。

バンクーバーでの仕事探しは、普通の仕事ですら難しくて、応募しても連絡がないのが当たり前だし、レジュメを受け取ってもらえないこともざらにありました。
英語は人並みにできるという自負がありましたが、英語力以前の問題でビザの関係だったり、仕事探しの需要が高すぎたりして、何の仕事を探すのにも一筋縄ではいかないという感じでした。

さらに、エンジニアの仕事に関してはビザ・英語力・技術力という3つの壁があって、ワーホリビザでエンジニアの仕事をするのはほぼ不可能な状況でした。エンジニアの仕事がしたければ、高い授業料と入学料を払って現地の学校に行って、それでようやくインターンとして働けるかどうか、というレベルの話でした。
北米最大のエンジニアコミュニティにも相談したら「それはほぼ無謀」とまで言われました。笑
実際にワーホリビザでエンジニアの仕事をしている人なんて、当時は一人も知り合いにいませんでした。

そんな現実を知り、友達から紹介してもらった日本食系のレストランでサーバーとして働き始めました。
職場はいい人ばかりで、仕事は忙しかったけどそれなりに楽しく働けていて、このまま1年間働いても良いかもなという感覚もありました。

こんな感じで、いつものように根拠のない自信で飛び込んだ僕でしたが、今回ばかりはほぼ諦めかけていました。
あくまでワーキング「ホリデー」だし、楽しまないと損だというマインドにもなっていました。
でも、いつもどこかにこのままでいいのか?という気持ちがあって、ずっともやもやしていて、結局、諦めが悪いので10月くらいからまた仕事探しを再開しました。

そして英語を勉強してちょうど3年だった2025年の11月、バンクーバーのとある会社から、正式にエンジニアとしての採用の連絡をいただくことができました。

今の状況

すごく大きくてネームバリューのある会社ってわけではないですが、今の仕事にはすごくやりがいと楽しさを感じることができています。
正直、これまでエンジニアとして携わってきた仕事で一番楽しく働けている気がします。
小さな組織であるがゆえに自分の裁量権が大きかったり、提案をすることができたり、自分の行動で目に見えるようにビジネスに影響が出たり、本当に面白いです。
言語の壁で苦労する場面も多いし、小規模だからこそ難しいところもありますが、そういうのも勉強になっています。
思い描いていた、でっかい外資系の企業で超カッケーオフィスで仕事する、みたいな仕事環境ではないですが、僕自身はとにかくすごく楽しく働けています。この仕事を通じて将来自分がどんな風に働きたいのかも何かヒントをもらえたような気がします。

最後に

長々と自分のことを話してしまいましたが、夢を叶えた経験を共有したい気持ちもあるし、どこか安心してたり、誇らしい気持ちがある自分もいるし、色んな感情があるんですが、この経験を通じて、本当に言いたいことが一つあります。

それは何を始めるにも遅いなんてことはないということです。

これは英語とか勉強とか新しいスキルとかだけじゃなくて、趣味でも恋愛でもビジネスでも仕事でも、なんでもそうだと思っています。

自分がなりたいと思えば何者にでもなれる。
いつからでも、あなたがどんな人間でもです。
なりたいものになれるのはなろうとした人だけ。
あとはそれを諦めずに続けられるかっていう、とてつもなくシンプルな真理だと僕は思っています。

綺麗事のように聞こえますが、大抵のことはこれが当てはまると思います。
もちろん例外もあります。芸術やスポーツなんかの分野では努力で埋まらない先天的ななにかが大きく関係しているものだと僕は考えています。

それに、何かの挑戦に対して無理だと言っている人の多くは、それに対して十分な努力をしていない人達です。

闇を呪うより、一本のろうそくに火を灯せ

最後に僕の好きな言葉をシェアして終わろうと思います。

"It is better to light a candle than to curse the darkness."
闇を呪うより一本のロウソクに火を灯せ

孔子の名言(誰の言葉かは諸説あるらしいです)

やりたいことがあるなら、とりあえずやってみた方がいいです。
自分にできることをやり続けていたら、いつかちゃんと何かに繋がる瞬間が来ると思います。

最後まで読んでくれてありがとうございました!
何か感じることが少しでもあったら嬉しいです!
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