戦場カメラマン(919文字)
戦場カメラマンの渡部陽一さんの講演を聞く機会を得た。
それまであまり深く知らなかったし、名前を聞いたことはあるものの戦場というワードから少々危険な仕事をしている方だという漠然としたイメージを持っているに過ぎなかった。
冒頭から戦場という印象とは裏腹のソフトな語り口調で意表を突かれた。どういう縁で戦場カメラマンという職業にたどり着いたのか、戦場でどんな人たちと触れ合ったのか…そんな話を聞くにつけ、勝手に抱いていた戦場カメラマンのイメージとは違う方向に想像が流れていった。
いつ爆弾に当たるか分からない危険な仕事。そうであることは確かだろうけれど、それだけに危機管理には慎重なようだ。戦場カメラマンの仕事は、8割が危機管理と撮影準備、そして2割がカメラ技術とインタビューなのだそうだ。考えてみれば命懸けの仕事なのだから慎重に進めるのは当然ではあるが、カメラの技術は二の次という位置付けに少し驚いた。
戦場は、今の平和な日本とは全く違うサバイバルな世界であろうと考えていた。しかし、彼の話を聞いてその認識は間違っていることに気づいた。幸せの形、生活や慣習、それらは戦場も日本も同じなのだという。家族揃って一緒に朝ごはん食べて、一生懸命に仕事をして、子どもたちは学校に通う。戦争のある国であっても、人としての基本的な生活や幸せの感じ方は同じなのだ。
戦場カメラマンとして大切にしていることはなにか。もちろん海外に行くのであるから語学力は必須だ。言葉が分からなければ仕事にならない。しかし、それだけではない。最も大切なことはリスペクト。現地の人たちとの触れ合い、信頼、そして彼らの文化や習慣、考え方をリスペクトすること。それなくして戦場に行って話を聞いたり、写真を撮ることはできないそうだ。だから、その国に入る前から長い時間をかけて現地の人たちと信頼関係を築いていく。家族のような、大切な仲間になって、そうして初めて戦場に赴くことができるのだそうだ。
日本においてはありがたくも戦場は非日常である。その戦場に行って、そこの人たちと触れ合い、話を聞き、写真を撮るということの意義を教えられた。それは人として最も大切にしなければならないことを伝えることだった。
