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【五十歩目】日本の神話とタオイズム。


1.『淮南子』と盤古の神話。


今日も紀元前二世紀に編纂された『淮南子(えなんじ)』から。

❝天墜未形、馮馮翼翼、洞洞濁濁、故曰太昭。道始生虚廓、虚廓生宇宙、宇宙生氣。氣有涯垠、清陽者薄靡而為天、重濁者凝滯而為地。清妙之合專易、重濁之凝竭難、故天先成而地後定。天地之襲精為陰陽、陰陽之專精為四時、四時之散精為萬物。積陽之熱氣生火、火氣之精者為日。積陰之寒氣為水、水氣之精者為月。日月之淫為精者為星辰、天受日月星辰、地受水潦塵埃。❞
→天地が未だ形とならない時、なにものかが、ぼんやりと混沌とした状態で漂っていた。これを太始と名づけよう。太始は虚の空間を生じ、そこから宇宙が生まれ、宇宙が気を生ぜしめた。いつからか気は清陽なものと、重濁のものとのに分かたれていき、清陽の気は天となって薄く広がり、重濁の気は地へと固まっていった。清陽の気は形を変えながらまとまりやすく、重濁は容易には固まり難い。故に、先に天が形成され、後に地が定まった。天地の襲精は陰陽となり、陰陽のはたらきが互いに作用しだすと四季になり、四季のはたらきが万物を生み出した。積陽の気の熱が火を生じ、火気の精が太陽を生み出した。積陰の寒気は水を生じ、水気の精が月を生み出した。月日のはたらきからあふれ出た精が星々となった。かくて天は日月星辰を、地は水と塵埃を受け持つこととなった。

『淮南子』 天文訓

もいっちょ、『淮南子』。

❝有無者、視之不見其形、聽之不聞其聲、捫之不可得也、望之不可極也、儲與扈冶、浩浩瀚瀚、不可隱儀揆度而通光耀者。有未始有有無者、包裹天地、陶冶萬物、大通混冥、深閎廣大、不可為外、析毫剖芒、不可為內、無環堵之宇而生有無之根。有未始有夫未始有有無者、天地未剖、陰陽未判、四時未分、萬物未生、汪然平靜、寂然清澄、莫見其形。❞(『淮南子』俶真訓)
→「無」とは、視ようとしても形が見えず、聴こうとしても声が聞こえず、手で探っても得られず、眺めても果てが見えない。ゆったりと広がり、広大で見極めることも測ることもできないが、光を放って通じている状態をいう。「未だ有・無がなかった段階」(未始有有無)とは、天地を包み込み、万物を鋳造し、混沌として深く広く、その外側はなく、どんなに細かく分析してもこれ以上内側(最小単位)はない。壁で仕切られた空間などないが、そこから「有」と「無」の根源が生じている状態をいう。未だ『有・無がなかった』ことさえない段階」(未始有夫未始有有無)とは、天地が分かれる前、陰陽も判ぜられず、四季も分かれず、万物も生まれていない状態。広々と平穏で、静まりかえって清らかであり、その形を見ることはできない。それは、まるで「無」の中に光が差し込んだ瞬間、思わず自分を見失ってしまう(我を忘れる)ほど圧倒的なものである。

『淮南子』俶真訓

さらに、昨日の盤古の天地開闢の神話、今回は『太平御覧』から。

卵の中の盤古

❝『三五歷記』曰:未有天地之時、混沌狀如雞子、溟滓始牙、濛鴻滋萌、歲在攝提、元氣肇始。又曰、清輕者上為天、濁重者下為地、沖和氣者為人。故天地含精、萬物化生。❞
➙ 『三五歴紀』によると、「天と地がまだ分かれていなかった頃、混沌とした世界はまるで鶏の卵のような形をしていた暗く深い混ざり合いの中からわずかに兆し(芽)が現れ、ぼんやりとした広がりの中で変化が始まった。それは「摂提(太歳)」の年にあたり、根源的なエネルギーである「元気」が初めて生じた時であった。また、次のように言われている。 清らかで軽いものは上へのぼって「天」となり、 濁って重いものは下へくだって「地」となった。 そして、その天と地の「調和した気(沖和の気)」を受けたものが「人間」となった。ゆえに、天地が(精)を宿すことで、万物は形を変え、生まれ出たのである。

『太平御覧』 天部一 元氣
『太平御覧』 国立国会図書館デジタルコレクション

 これは、『太平御覧』という百科事典の1冊目の一番最初のページに描かれてあるものです。書いてあることは、先ほどの淮南子と同じ宇宙の始まりについての記述で、『老子』や『荘子』に書いてあることととてもよく似ています。


3.『日本書紀』の天地開闢。

 次にご覧いただきたいのが、『日本書紀』の冒頭、天地開闢の神話です。

『日本書紀』 国立国会図書館デジタルコレクション

古天地未剖、陰陽不分、渾沌如鶏子、溟滓而含牙。及其清陽者、薄靡而爲天、重濁者、淹滯而爲地、精妙之合搏易、重濁之凝竭難。故天先成而地後定。然後、神聖生其中焉。故曰、開闢之初、洲壞浮漂、譬猶游魚之浮水上也。于時、天地之中生一物。狀如葦牙。便化爲神。號國常立尊。次國狹槌尊。次豐斟渟尊。凡三神矣。乾道獨化。所以、成此純男。❞
古の時、天と地は未だ分かれず、陰陽も分かれず、混沌として鶏の卵のようでありながら、ほのかに兆しが含まれていた。清陽なものはたなびいて天となり、重濁なものはとどまって地となった。精妙な集まりは群がりやすく、重濁な集まりは固まりにくいので、天がまず定まり、後に地が定まった。しかる後に神聖なるものがその中に生まれた。故に、「開闢の始まりは、土地の浮かれ漂うことは、たとえるなら、游魚が水の上を浮かんでいるようだ」と言われる。このとき天地の間に一つのものが生まれた。その様子は葦の芽が吹きだすようであり、すぐに神となられた。國常立尊(クニノトコタチノミコト)と言う。次に國狹槌尊(クニノサツチノミコト)。次に豐斟渟尊(トヨクムヌノミコト)。すべてで三柱の神、乾のみで生まれたので、純粋な男の神となられた。

『日本書紀』巻第一 神代上

4.中国古典と『日本書紀』の類似性。

 紀元前2世紀の『淮南子』と、紀元後3世紀の『三五歴紀』の文章をパッチワークすると、こうなります。

❝天地未剖、陰陽未判、混沌狀如雞子、溟滓始牙、清陽者薄靡而為天、重濁者凝滯而為地。清妙之合專易、重濁之凝竭難、故天先成而地後定。❞

『淮南子』天文訓、俶真訓 『太平御覧』 天部一 元氣 

次に、8世紀に編纂された『日本書紀』の天地開闢の神話はこうあります。

古天地未剖、陰陽不分、渾沌如鶏子、溟滓而含牙。及其清陽者、薄靡而爲天、重濁者淹滯而爲地、精妙之合搏易、重濁之凝竭難。故天先成而地後定。

『日本書紀』神代上
『淮南子』『三五暦紀』と『日本書紀』の比較

 一致率は95%以上。残りの5パーセントも単語を入れ替えただけで、意味の上では同じです。こう見ると、『日本書紀』の冒頭における天地開闢の神話は、そのまま中国古典のコピーで、日本の独自性は皆無と言っていいです。まぁ、何冊かの百科事典のページを組み合わせただけなので、今どきの大学生がWikipediaとかAIの答えをコピペするのと似たようなものかもしれません。

5.日本神話とタオイズム。

 以前にも書きましたが『古事記』の上表文の宇宙生成論は『老子』の影響が強く、『日本書紀』の天地開闢のお話は『荘子』の影響が強いです。記紀の編纂は8世紀、『老子』『荘子』から見れば1000年も新しいテキストで、老子や荘子の孫弟子、ひ孫弟子みたいな人たちが関係していたんだと思います。

 ちなみに、この後に別天津神(ことあまつかみ)として、日本最初の神々、造化三神が登場しますが。造化は紀元前の『荘子』の中に登場する神様です。

❝夫大塊載我以形,勞我以生,佚我以老,息我以死。故善吾生者,乃所以善吾死也。今之大冶鑄金,金踊躍曰『我且必為鏌鋣』,大冶必以為不祥之金。今一犯人之形,而曰『人耳人耳』,夫造化者必以為不祥之人。今一以天地為大鑪,以造化為大冶,惡乎往而不可哉。成然寐,蘧然覺。」❞

➙ 大塊(大自然)は、私に形を与えて載せ、生を与えて私を働かせ、老いを与えて私を安楽にさせ、死を与えて私を休息させる。 ゆえに、私の生を「善し」とするのは、そのまま私の死を「善し」とすることでもある。
 今、優れた鋳物師(いものし)が鉄を鋳造しているとする。その鉄が突然飛び跳ねて「私はどうしても名剣・莫邪(ばくや)になりたい!」と叫んだとしたら、鋳物師は必ずやそれを「縁起の悪い不吉な金だ」と思うことだろう。
 それと同じように、たまたま一度、人の形を授かったからといって、「人間でありたい、人間でいたい」と執着するのは、造化(造化者)から見れば「不吉な人間だ」ということになる。
 今、天地を「巨大な炉」とし、造化の働きを「偉大なる鋳物師」と見なすならば、どこへ去ろうと不都合なことがあろうか。安らかに眠りにつき、ゆっくりと目が覚めるだけのことだ。

『荘子』大宗師 第六

 ただ、『荘子』の場合には、神話世界の存在を自分の物語に昇華して哲学を展開しているので、それをまたわざわざ神話に落とし込まれると、しっくりこない部分があります。せっかく蒸留酒にしたのに、濁り酒を混ぜられたような感じというか(笑)。

 また長くなりそうなので今日はここまで。続きは51歩目でお会いしましょう。それでは、이따 봐(イッタ バ)!


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