【未来へ手紙を出す旅 ②】「一番の思い出は何ですか?」──70年の歴史を閉じた塩浜市場、最後の日
「帽子とったら反射がすごいことになるから、とれへんでぇ」
カメラの前でお父さんたちが笑った。
この日、70年続いた市場は最後の日を迎えていた。
僕は、この瞬間にカメラを向けていた。
四日前、代表を務めていた魚屋さんに連絡を取った。
「市場といっても、本当に何にもないので、がっかりさせてしまうかもしれません」
それでも、市場へ向かった。

四日市は、毎月4のつく日に市が開かれていたことから、その名がついたとされる。
塩浜市場もその流れのひとつだった。
塩浜市場が閉鎖されると、市内に残る定期市は5か所になるという。

工場のような建物に入ると、水銀灯にぼんやりと照らされた空間に、陳列台が二列並んでいた。
その一方に、お茶屋さん、鰹節屋さん、八百屋さん。
もう一方に、苗屋さん、お花屋さん。
壁沿いに、履物屋さん、魚屋さん、和菓子屋さんがあった。
店を閉めたそのまま、時が過ぎた区画もある。
カメラを構えて一人ひとりの前に立った。
初めての塩浜市場
5月26日、挨拶を兼ねて一度、市場を訪れた。
「え?お買い物してくれるんですか?せっかく来ていただいて申しわけない」

この日、開いていたお茶屋さん、鰹節屋さん、魚屋さんで買い物を楽しみ、履物屋さんで、すぽっと履けるスニーカーを買った。
試着する僕の様子を見ていたお父さんが、ワンサイズ大きめを勧めてくれた。
「昔は、午後から立つ市もあったから、それこそ休む日もなかったぐらいだった」
話を聞いているうちに、市場に出ている人たちのなかには、店舗を持たず、市内各地の市を回りながら商いを続けてきた人が多いことを知った。
四日市では、そうした定期市の文化が今もかすかに息づいている。
最後の朝

2日後の28日。
その新しいスニーカーを履いて市場へ向かった。
少し大きめを勧めてくれた履物屋さんの見立ては、確かだった。
新調した靴底が、市場のコンクリートを踏みしめる。
水銀灯の下、最後の朝を迎えていた。


「ここにくればなんでも揃っていたし、屋根があるから天気関係なく商売できたのがよかった」
この市場は、トタン屋根だった建物を建て替えて今の形になった。
かつては売り出しの賑わいがあり、人の流れも多かった。
抽選のお米すくいには多くの人が集まり、皆が本気で楽しんでいたそうだ。
「ここ10年ほどで、ずいぶんと寂しくなってしまった感じがするわ」


「やっぱり、お客さん達とのやり取りかなぁ」
ここではお客さん同士が自然に話し込み、情報交換や近所付き合いの場にもなっている。
店はあるが、どちらかというと“基地”のような役割で、市を回ることが商いの中心だった。
そのため、店は昼からしか開けないのだという。
「一番の思い出ですか?」
少し考え込んでから、
「なんやろなぁ。特別なことは思いつかんなぁ」と首をかしげた。

「開店や閉店を周りの人が手伝ってくれて、本当に助かってます」
免許の書き換えは周囲から止められていたが、それでも行ってきたという。
次は92歳。もう一度だけ更新に行きたいと思っている。
近くには買い物をする場所がなく、車がなければ日常の買い物すら難しい。

「対面なぁ。そう言っても、私たちにはそれが当たり前やったでしょう」
田舎では、周りの人はみな顔見知りで、隠し事なんてできへんような環境やった。
ここでは冗談を言いながら、お客さんの顔を見て商売ができる。
「腹を割ってやれるのが、ええところですね」


「40でここに来るようになって、周りの人達にも支えられて。それがいい意味で人生の転機になりました」
お客さんから相談を受けたり、こちらから相談したり。日々の何気ない会話が続いている。
「そういったやり取りで、本当に支えられてきました」


前回、お会いできなかったお花屋さんに事情を伝えると、にこやかに頷いてくれた。
「喉の奥を切ってしまって、今でも喋るのが辛いんやけど」
思わず話を切り上げようとすると、お花屋さんは微笑みながら手を小さく左右に振った。
聞き取るために、その口元に耳を近づける。
ここに来て、お客さん達と接しているうちに、少しずつ声が出るようになっていったという。
「市場がなかったら、そのまま喋れなくなっていたかもしれへん。今、こうして少しでも話せるのは市場のおかげやと思っています」
お客さんがきた。
僕は二、三歩下がった。
市場のすぐ側を、貨物列車がゆっくりと通り過ぎていった。

「まだ1年しか経っていないんです!」
市場は、採った野菜をそのまま持ってくるから、新鮮で、安いのがいいところ。
他の市場では長く続けてきたが、ここへは、八百屋がなくなってしまうからと頼まれて入った。
「ものすごくお世話になってますもん。魚屋さんに頼まれたら断れません」


「市場として、よいものをより安く、お客さんに喜んでもらえることを大事にしてきました。どこでも普通に当たり前のことなんですけどね」
自分でも、魚を食べていて小骨があると美味しさが半減してしまう。
ストレスなく食べられることも味のうち。できるだけ小骨も取るようにしている。
市場の皆さんには、市場ならではの良さや好きなところを聞いて回った。
一番の思い出は何かと尋ねると、皆、決まって考え込んだ。
結局、誰も答えられなかった。
「ひょっとして……」
魚屋さんに聞いてみた。
「そうです。本当に特別なことはありませんでした」
魚屋さんは大きく頷いた。
日々の積み重ねこそが、この市場だった。
閉店時間が迫ってきた。
「じゃぁ、そろそろ撮りますか」
魚屋さんに声をかけた。
お花屋さんには、車を少しだけ移動してもらった。
履物屋さんのお母さんが手伝って、苗屋さんは片付けを終えていた。
「台に何にもないと寂しいかも……」
履物屋さんのお母さんが
「じゃぁ、このへん出しておこうか」と、苗をいくつか車から運んできてくれた。
「ありがとう、ありがとう」と、苗屋さんは、何度も頭を下げていた。
「化粧直しする?」
「振袖着いへんの?」
笑い声が上がる。
皆がフレームの中へ集まってきた。
「大ベテランの方は、椅子に座ってください!」
「ほら、ちゃんと真ん中へ行かな」
後ろに立とうとしていた魚屋さんは、そう言われて椅子に腰を下ろした。
一番見たかったものに出会えた気がした。
「帽子はできるだけ浅く被ってくださいね!」
「帽子とったら反射がすごいことになるから、とれへんでぇ」
「それは、お父さんだけでしょう?」
そう言うと、反対側から声がした。
「何いうてますの。ほな、帽子とりましょか」

「もう、市場っていう時代ではないのかもしれません。夏は暑いし、冬は寒い。今どき、どこのお店にいっても快適に買い物できますやろ」
帰り際、声をかけられた。
「もう覚えたで、慈善橋の市へ顔見せてなぁ。ここにいる人ほとんどいってるし、会えるの楽しみにしてますよ」
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