同じ本を何度も読む理由
最近、同じ本を何度も読んでいます。
なぜか?
一度読んだだけでは分からないからです。
特に哲学書。
哲学書の中でも、何度も読み返す本があります。
ずっと気になっていた一文がこちら。
読書は自分でものを考えずに、代わりに他人に考えてもらうことだ
社会人1年目で、初めて読んだ時は理解できませんでした。
理由は簡単。
読書=たくさんの本を読むのが普通と考えていたからです。
それから、時間を置いて再読。
分からない。
また、再読。
分からない…………。
最近再読して、ようやく分かりました。
自分の読書スタイルをスロー・リーディング(遅読)に変えたからです。
スロー・リーディングと自分でものを考えるはどう関係があるのか?
以前、こちらの記事で『本の読み方』を紹介しました。
作者の平野さんは言います。
とにかく、大切なのは、立ち止まって、「どうして?」と考えてみることだ。
実際、スロー・リーディングを始めて、文章の一文、一文の意味を考えて読むようになりました。この作者はなぜこんな主張をするのだろう。そこで、あの一文が理解できました。
読書は自分でものを考えずに、代わりに他人に考えてもらうことだ
多読をしていた以前の私では、考えられませんでした。そんなことを考えずに、読書をしていたからです。
今でも、読書をしている以上、他人に考えてもらっている点は変わりません。
しかし、疑問を持ちながら読書をする事で、以前に比べて自分の頭で考える習慣は身に付いたな~と思います。
何よりも、こうしてnoteに書けるようになった事が自分でものを考えるようになったことは、大きな収穫です。
冒頭で挙げた哲学者ショーペンハウアーは次のように言います。
「反復は勉学の母である」。重要な本はどれもみな、続けて二度読むべきだ。
繰り返して読む事で、分かる事があります。
難しい本こそ、それを痛感します。
一度読んだだけでは分からない。何度も読んでようやく理解できたあの喜びを味わうため、再読していたのです。
【あとがき】
なぜ、同じ本を何度も読むのか?
ずっと、疑問に思っていた事を自分なりの答えが出せたかな、と思います。
最後までお読み頂きありがとうございました。
