東日本大震災復興手伝い記 ㉔菊池誠先生の言葉で体験の記録を決めた
記録せずに終えるつもりだった
アピールは下品
女川へ通うようになった当初、授業をしに行った話など人に伝えることなくそのままにするつもりだった。
いちいち吹聴するようなことではないし、まして自己アピールの道具に使うのも義に外れたショボいふるまいと思っていたのだ。
SNSには一切上げなかったし、現地での写真も結局一枚も撮らなかった。
キリストの言葉への共感
その根本は、以前読んだことのある新約聖書である。
「マタイによる福音書」第6章のイエス・キリストの言葉が非常に印象に残っていた。
「自分の義を、見られるために人の前で行わないように、注意しなさい。もし、そうしないと、天にいますあなたがたの父から報いを受けることがないであろう。
だから、施しをする時には、偽善者たちが人にほめられるため会堂や町の中でするように、自分の前でラッパを吹きならすな。よく言っておくが、彼らはその報いを受けてしまっている。
あなたは施しをする場合、右の手のしていることを左の手に知らせるな。
それは、あなたのする施しが隠れているためである。すると、隠れた事を見ておられるあなたの父は、報いてくださるであろう。」
以前読んだこの一節が、私の中ではとても心に響き、いつまでも残るものだったのだ。
私は別に洗礼は受けていない。日本人によくある形式、神道と仏教の混在型の人間だ。
でも聖書を手にする機会だってあるでしょう?
また天の父も、異教徒が経典の言葉に感銘を受けても、それをとがめだてせぬ寛容さはお持ちのはずだ。
善なる行いは隠れてするもの、これ見よがしにするものではない。
2012年に初めて女川にうかがってからこの方ずっと、SNSに上げるようなことはせず、自分の親しい友人らに喋る程度のことしかしてこなかった。
心境の変化
菊池先生の言葉
書くことにした直接のきっかけは、大阪大学の菊池誠先生のこの言葉、そして大量についたコメントだった。
東京大空襲の「語り部」のニュースをやっているのですが、僕はこの語り部というやり方に批判的というより反対です。今やってるのは、空襲を経験していない人が後継者として一人称で語るという試みなのですが、これは絶対にやめるべきです。
— あ〜る菊池誠(反緊縮)公式 (@kikumaco) March 10, 2025
本来、証言の映像記録をなるべく早く残すべきだったのです
東京大空襲の「語り部」のニュースをやっているのですが、僕はこの語り部というやり方に批判的というより反対です。今やってるのは、空襲を経験していない人が後継者として一人称で語るという試みなのですが、これは絶対にやめるべきです。
本来、証言の映像記録をなるべく早く残すべきだったのです
あ〜る菊池誠(反緊縮)公式 (@kikumaco)
「証言」としての要素。
コメントでは
「語り手は、聞き手が盛り上がるよう
つい話を盛ってしまう」
そういった内容で溢れ返っていた。
他にも、
「空襲経験者であっても記憶が曖昧な
部分が出る」
「曖昧なままでもしゃべりつづける
うちに本当のことと思い込む」
「表現を過激にしたり美化が入る」
「ウケると話を盛る」
そんな話が多数あった。
記憶ではなく記録。
自慢や承認欲求とは異なる角度からの必要性を、このとき初めて感じたのだった。
能登半島地震での、事実に基づかぬ非難
菊池先生の発言に加えて、記録として書き残す必要性を感じる出来事があった。能登半島地震である。
2025年3月ごろは、能登半島の大地震について各種Xのポストが上がっていた。地震から1年経った被災地の状況についてである。
そこでも虚偽内容が少なくない。
救助が進んでいない、復興が遅い、放置されている、見捨てられている、などなど瓦礫写真とともに政府や自治体を罵倒するポストが大量に上がっていた。
そして、ひとつひとつ様々な反論を受けていた。
家屋所有権の説明や、既に回復した道路状況。
根拠条文をはじめとする資料を引用し、現状の写真を出し、不安を煽るだけの無責任な非難に対して丁寧に反駁していた。
見ていて私は思った。
自分の覚えていることを、今の間にきちんと記録しておこう。このままだと必ず曖昧なものになる。
記録して正解だと思い知る
人間の記憶のいい加減さ
実際書き始めて正解だった。
本当に人間の記憶って当てにならない。
当時の手帳を読み返して初めて思い出すことがいっぱいだった。
パソコンフォルダーでの各年度ごとの授業に使った資料もそうだ。
ああ、そういえばそんなことがあったねと思い出すような。
そんなものばかりだった。
一年目(2012年)からして誤った記憶になっていた
大体、自分の書いたNOTE記事からして誤りがあることに気付いた。
一年目の2012年だ。
初日(月曜) 読解総論 ←本日
2日目(火曜) 仙台育英対策
3日目(水曜) 古典、短歌・俳句
4日目(木曜) 作文対策
5日目(金曜) 欠席者の補講
最終日の6日目(土曜)は、向学館の授業自体がない。
自習室のみ解放し、質問対応をしていた。
だから私も授業はない。終日待機である。
ところが手帳では金曜日(2/3)早朝に退出、新幹線を乗り継いで大阪に戻り、年度初めの授業をおこなっていた(関西中学受験は1月半ばに実施されるため、2月を「新年度」として扱う)。

(もちろん全く覚えていない)
それでも仙台駅前で立ち食いそば屋さんに寄る余裕はあったようだ。
あ、そうか。
ここで記憶が別の記憶とつながる。
当時寒波が来襲中で、毎日ずっと私は雪による道路状況や新幹線の運行状況をネットで確認していたんだった。
なんでそんなに気にしていたのか、今でてきた結びつきから腑に落ちた。
大阪に帰れないと授業に間に合わなくなるからか。
スケジュールの立て方、我ながら無茶苦茶してるな。
いずれにせよ、記憶違いをNOTE記事に書いていた。
これはうかつでした。大変申し訳ありません。
ともかく一連の内容を書いてしまった以上、天の父に報いられることはなくなってしまった。しょうがない。
改めて菊池先生ありがとうございました。
