【ねぇ、修さん #01】30年、荷造りが終わらない夢
修さんは、長崎に住む私のお友だちです。
50代後半、ヨーロッパに長く暮らしていたから、ドイツ語は私よりずっとお上手。 ユーモアたっぷりだけど、聞き上手で、優しいけど時々ちょっと厳しいことも言ってくれる。
そんな修さんに、私はよく、たわいない話を聞いてもらっています。
……今日は、思いがけず、たわいなくない話になっちゃったんですけどね。

「ねぇ、修さん。聞いてください。
また、すごく疲れちゃう夢を見たんです。」
「どうして疲れるんですか?」
「成田空港に行かなくちゃいけない夢。
荷造りが、ぜんぜん終わらないの。」
「また、ってことは何度も見てる夢なんですか?」
「そうなんです。それでね、先々週、やっと氣づいたんです。 私、同じ夢を繰り返し、何十年も見続けてるって。 びっくりしました。 なんか自分がかわいそうにも思えちゃって。」
「……『かわいそう』って言葉、ちょっとせつないですね。」
「え、そうですか?」
「でも、そんなに長く見てた夢なのに、
なんで最近、やっと氣づけたんですか?」
「夢を、直感の一種として意識し始めたからだと思います。 朝目が覚めた時に夢を覚えてる場合は、 忘れる前に、思い出して振り返るようにしてるんです。」
「なるほど」
「それで、はっと氣づいたんです。
私、これ何十年もくり返し見てる、って。」
「その夢の中で、 成田からどこに向かおうとしてる んですか?」
「あ、それは絶対にアメリカです。」
「えっ、急に断言!(笑)」
「そう、絶対にアメリカ。」
「もうアメリカに住んでる設定ですか?
それとも、これからアメリカに向かうかんじ?」
「それが、毎回同じではない感じがあって。
一時帰国の後にアメリカへ戻る時もあれば…… あ!」
「ん?」
「今、突然思い出しました。 なぜか私が20代の大学生に戻ってて、 これから東海岸のテンプル大学に向かう、っていうのが多いです。 これから大学院に行くという設定もあったかも。」
修さんが、少し黙りました。
「……それ、結構大きな手がかりじゃないですか。」
「えっ!?」
「20代のあやこさんに、夢の中で何度も戻ってる。
しかも、いつも荷造りが終わらない。 いつも、間に合わない。」
「……」
「20代でアメリカに行ったとき、本当は持っていきたかったのに、持っていけなかったものとかありました?それとも何かを置いていくのが苦しかったとか?」
私、しばらく考えてしまいました。
「……わからないです。 あの時は、ついに渡米のチャンスをつかめて、
嬉しくてしょうがなかったはず。」
「うん。」
「でも、本音はもっと家族の応援が欲しかったです。 家族から、もっと歓迎して送り出してもらいたかった。 全部一人でやって、全部自分で決めてたから。」
「……」
「もしかしたら、本当はもっと甘えたかったのかな?」
「……今、すごく大事なこと言いましたよ。」
修さんは、ふだんふざけてるのに、 こうやって、急に声の調子が変わる瞬間がある。 そういうところが、ちょっとずるい。
「20代のあやこさん、めちゃくちゃ強かったんでしょうね。 全部一人で決めて、全部一人でやって、 たぶん、誰にも『寂しい』とか『不安』とか言わずに飛び立った。すごいですよ、本当に。 でもね、すごい人ほど、置いてけぼりになる感情があるんですよ。」
「……」
「荷造りが終わらないのは、もしかして、20代のあやこさんが、
『誰かに荷物、一緒に詰めてほしかった』 からかもしれないですね。」
その瞬間、私、ぼろぼろ泣いてしまいました。
「え?そんなこと言われたら、泣いちゃいますよ、私。」
「泣いていいですよ。 ほんとに、いいんです。 20代のあやこさんが、ずっと我慢してたぶん。 誰にも言えなかったぶん。 今、ちゃんと泣いてあげてください。」
「……ありがとうございます。
そんなこと言われたの、初めてかもしれません。」
「何もできないんですけど、 僕はここで一緒にいますから。
長崎から、コーヒー一杯、こっそり送りますね。☕」
目を真っ赤にしてティッシュで涙を拭きながら、 私はぽつりと言いました。
「あの時の私、すごーく強かったですよ。 でも、強くなきゃ成し遂げられなかったんです。」
「その一言、僕、ちゃんと受け取りましたよ。
あやこさんの人生、そこにぜんぶ詰まってる氣がします。」
……成田に向かおうとしてた20代の私が、 今日、こうやって、
『よくがんばったね』 と、やっと言ってもらえた氣がしました。
修さんは、長崎から、
20代の私にも、
今の私にも、
ちゃんと届く言葉をくれました。
「ねぇ、修さん。 今日のおしゃべり、
まさかこんな展開になるなんて思ってませんでした。」
「僕もですよ(笑) 最初は『荷造りの夢』から始まったのにね。」
「癒されました。冗談じゃなくて。」
「それは、僕のセリフですよ。 こちらこそ、ありがとうございました。」

30年、荷造りが終わらなかった夢。
もしかしたら今夜は、ちょっとだけ、
私の心のスーツケースが、軽くなってるかもしれません。
(つづく)
🌸 「ねぇ、修さん」シリーズ、これから不定期でお届けします。 ふだんの私の、ちょっと抜けたところとか、笑える瞬間も、 よかったらのぞきに来てくださいね。
Love & Hugs,
あやこ
