いわゆるマイギター7−1:M.Shiozaki F3-CM(2004)前編+押尾コータローブーム

しばらく更新が空きますと言っていましたが、少し時間ができたのでお久しぶりの更新です。

前々回に続いてかつてのマイギターの回想など書いて行こうと思います。
このギターに関しては長くなるので前中後編でお届け。

なお、この記事は過去の思い出を中心に書いております。塩崎さんのギターの音の特徴などは過去記事で書いておりますので、よければそちらをご覧下さい。

過去記事:日本のルシアー2 塩崎雅亮

1 本日のギター
メーカー:M.Shiozaki F3-CM
トップ材:ヨーロピアンスプルース
バック材:ヨーロピアンメイプル
入手経路:オーダー
使用期間:20年〜(現在も保有)

(性能評価)10点満点・あくまで個人的評価
立ち上がり:9
ボリューム:7
基音の太さ:8
サステイン:6
リバーブ感:6
音のツヤ感:7
弾きやすさ:10
ジャンル幅:7
合計   :60/80

2 押尾コータローブームの到来

元々私はなんちゃってクラシックから出発したのですが、高校生くらいの頃はバンドと並行しての弾き語りや伴奏が中心でした。ちょうどソロギターの調べという楽譜が発売された頃だったので、それをちょっと弾いてたくらいです。

そんな私がギターインストに傾倒していったきっかけは間違いなく押尾コータローさんです。大学1回生くらいだったかと思いますが、ちょうどファーストアルバムやセカンドアルバムが発売された頃です。

当時は世間的にも押尾ブームが来ていました。例えば、六甲のおいしい水のCMに出演してましたね。他に出演していたのが今岡とか赤星とかタイガースの選手。関西ではタイガースの主力選手は時の総理大臣よりも格上なので、それと同列に扱われているのはかなり凄いことです。あと、グンゼか何かのイメージキャラクター。しかも女性向け。イケメン俳優やダルビッシュかいな。もちろん音楽番組にも普通にピンで出てました。今後このレベルでメディアに露出するギターインストプレーヤーは出てこないでしょうね。

ギタープレイヤーへの影響度はさらに凄かったです。

まず、フォーク世代のおっちゃん連中がこぞってアコギ界隈に復帰しました。そのせいで良いギターの値段が高騰しちゃって若い世代に回ってこないという悲劇はあったのはナイショ。35万のグレーベンがちょっとみない間に65万になってて草も生えなかったです。

それ以上に凄かったのが、当時世間のアコギキッズ&ガールズの大半を占めていたゆずっこ達ですら、押尾さんの代表曲である黄昏のメインテーマは普通に弾けるという状況でした。ストロークプレーとハモリが命のゆずっこと部屋の片隅でちまちま音を紡ぐフィンガースタイルプレーヤーとは水と油みたいなものでしたからね。本来決して交わらない属性が交差した瞬間。それが押尾コータロー。そらもう異様よ、はっきりゆうて、おーん。

そんなこんなで私も色々コピーしました。ファーストアルバムとセカンドアルバムは半分くらいは人前でも弾いたかなぁ。SPLASHをエレキギターよろしく背面弾きしたのはいい思い出。黄昏や戦場のメリークリスマスを二人羽織(1台のギターで友人が左手を担当、私が右手を担当)したのもいい思い出。

ちなみに背面弾きより二人羽織の方がはるかに難しいです。背面弾きはスラップ時の体のバランスさえキープできれば案外簡単。コツは右の肩甲骨を開きながら両足を肩幅の広さに合わせて開くこと(世界一無意味なアドバイス)。

3 Taylorの高音が物足りない+カッタウェイ欲しい

当時使っていたのはTaylorの420というドレッドノートでしたので、次第に高音がやや物足りなくなってきました。ついでに言うとカッタウェイもあった方が楽。

というわけで既製品で探したのですが、当時はモーリスのSシリーズかアストリアスくらいしか指弾き向け+カッタウェイの使用のギターはなかったんです。

うーむ、困った。

4 アコースティックギターファンフェスティバル?へ

そんなときに、大阪の吹田でアコースティックギターファンフェスティバル?というイベントがあることを知りました。イベントの名称はちょっと記憶が怪しいけどたしかこんな名前。

どうやらそこでルシアーギターが大量に展示されるらしいことを聞いた私はやる気満々、いわゆるやるマン状態(さすがにここまでしか表現できません。やっぱり若槻千夏ってすごいや)で会場へ。

入ったらすぐそこに住出勝則さんが普通に座っててちょっとびっくり。10人くらいのルシアーが展示していたような気がします。

そんな中でいいなと思ったのが塩崎さんのギターとスギクラフト(杉田健司さん)のギター。

最後は直感で塩崎さんのギターをオーダーすることにしました。

ちなみに、このイベントは関西アコギ界隈で有名なフィフスストリートの前田さんが中心となってやっていたようです。とはいえかなりの赤字だったようで、そのために手持ちのギターを売却して費用を捻出していたとかなんとか。

そんなこんなを経て日本ギター界きっての商売人であるドルフィンギターズの武田さんがイベントを引き継いだらしく、それが後のサウンドメッセに発展したとのことのようです。今のサウンドメッセの隆盛を見ていると感慨深いなあ。関西の全ギター民は前田さんに足向けて寝れんです。

5 そして工房へ

後日、塩崎さんとメールか電話かでコンタクトをとり、まずは工房へ行くことになりました。もちろん大学生なので夜行バス。

今なら塩崎さんが巨匠であることも分かるし、ギターの構造もちょっとくらいは知ったかぶりをしているので、無茶なオーダーはしません。でも当時は知識もない上に怖いもの知らずでしたから、かなりとんがった内容でオーダーしました。

まず、当時のテイラーのギターのネック周り(今でいうj-specに近い形状)が非常に気に入っていたので、現物を工房に持っていって測定してもらい、同じようなニュアンスでネックを作ってもらうことにしました。ここまではまあ問題ないよね。

次に、ボディサイズはマーティンのMサイズをベースに、それよりも少しだけ薄く作ってもらうことに。当時は立って弾くことが多かったので胴の薄いギターが欲しかったんですよね。ギルドのソングバードみたいな極薄にまではしませんでしたが。今思えばギターの胴厚を変えるというのは音にもの凄く影響するのでかなり大変な作業だとは分かるのですが、当時は知らなかったもので。

さらに、ブリッジピンのないスルータイプのブリッジにしてもらいました。いわゆるピンレスブリッジのメリットについては、過去記事にそのメリットを書いてますので、よければどうぞ。

過去記事:ピンレスブリッジはいいね

ピン有りとピンレスだとテンションのかかり方がかなり違うので音作りが変わるはずだというのも今なら分かります。でも当時は知らなかったもので(本日2度目)。

ちなみに塩崎さんいわくピンレスブリッジで作るのは初めてだったそうです。その後も一台も見たことはありません。たぶん塩崎さんのギターでピンレスブリッジなのはこのギターだけかと思います。だからどうした、どーした安達。

指板インレイどうする?って言われたので、当時のアコースティックギターマガジンの写真を目を皿のようにして見比べ、結果的にはマーティンの45タイプ(スノーフレイクスのほうね)で頼むことに。今思えばなんたるベタ。

6 次回に続く

次回はオーダー期間中や完成後のお話などを書いていきます。