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香川旅行記(2)-白峯-

高松から予讃線で10分ほど乗ると坂出に着く。坂出はかつて塩業で栄え、今は工業地帯になってきる。観光案内所で情報を集め、カーシェアに乗る。東を高松方面に車を走らせると白峯山が見えてくる。

四国はお遍路が盛んだ。客先からうどんを食べに行く途中でも霊場を見かけることがある。

この山にはお遍路さんの目指す霊場が2つある。僕はお遍路ではないけれど、行き先はお遍路八十一番の白峯寺の中にある。境内では遍路の白装束の方々を数多く見かける。

僕は寺には今のところ興味がない。見に来たのは崇徳天皇(崇徳院)の白峯陵だ。

崇徳天皇は、平安時代の保元の乱で敗北し讃岐に配流された。その場所がここだ。平将門や菅原道真と並び、日本の三大怨霊といわれる。上田秋成の雨月物語の第一話白峯でも語られている。

明治天皇が慶應4年(=明治元年)の即位にあたり、最優先にやったことが崇徳天皇を讃岐から京都へ戻すことによる鎮魂だった。天皇家にとっての最優先事項である。

平安時代のことがなお生きている。更に、昭和天皇も昭和39年に讃岐にて式年祭をやっているらしい。あと40年も経てばもう一度何かあるだろう。それがどのような場所かに興味があった。そう、この白峯寺を経由して崇徳天皇陵に行くのだ。

そんな気持ちで訪ねたが、まず寺の地図には鳥居のマークとともに「白峯御陵」とあるのみだ。

ふむふむ赤の鳥居を探せばいいのか

しかし、寺の中には御陵への案内は一切見当たらない。遍路のみなさまもそちらへ赴いている様子は微塵もない。天狗伝説の舞台だからか売店には天狗(雨月物語参照)のグッズが少し売っているくらいであまり印象的なものはない。

行き方がわからないのでGoogleマップで調べると案内がないので玉章の木を目印にしろとある。

この後ろの石畳の道で向かう。
石畳の道に入ると、初めてこうした標が見える。この右にはプレハブ倉庫が置かれていて、見えないようにされている感じだった。
こんな中央を歩けないようになっている道を歩いていく。なるほどなぁと思った。川もない。
すると白峯陵につく

赤い鳥居ではなく、神明鳥居のようだ。鳥居の手前に木が大きく生えているのは印象的だ。

本当にこれだけだった。シンプル。誰一人いない。盛大に祀られているものかと思ったが、京都に遷されたのだから、ここは簡素なものなのかと独りごちる。

ちなみに、向かいには下に向かう長い階段がある。階段の向かう先は地図を見て後からわかったが、鳥居から直接外に出られるようになっているんだなと、崇徳天皇の讃岐から京都に戻りたかった気持ちに思いを馳せた。

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このあとは山道を下り、坂出市から高松市に入ってすぐの場所にある会社を訪ね、その後予讃線に乗り込み、丸亀に向かった。

八十蘇場の清水と八十八名物ところてん清水屋に少し心惹かれたがこちらは次回にすることに。

次回はうどんについて書きます。

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