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営業一筋20年の私が考える「エンタープライズセールス」において大切なこと

私は法人営業一筋20年です。

慶應義塾大学を卒業後、NTTコミュニケーションズに入社。その後、LINEやメルカリを経て、今はグロースXというスタートアップでエンタープライズセールスに邁進しています。

実は、若い頃は「営業をやるなんて絶対に嫌だ」と思っていました。口八丁手八丁でうまく立ち回るようなイメージがあったからです。それなのに、いつの間にか営業に没頭していき、気づけば20年が経っていました。

人生とは不思議なものです。

このnoteでは、そんな私が長年の経験で気付いた「エンタープライズセールスにおいて大切だと思っていること」をお伝えします。

構成は、

第1部:人間を理解する
第2部:組織を理解する
第3部:時間がかかることを理解する

の3部から成り立っています。

トータルで1万文字を超えてしまいましたが、エンタープライズセールスでお悩みの方のヒントになれば幸いです。

第1部:人間を理解する

目の前のお客さんが急に怒り始めたら?

ある大型案件を大企業にご提案したときのことです。

私が定価の書かれた資料をスッと出すと、目の前のお客さんが急に怒り始めました。

「一緒に手を携えてやろうって言っているのに、いきなり定価を出すとはなにごとだ!」

さて、こうなったとき、あなたはどう思われるでしょうか? 理不尽に思うかもしれません。料金をお見せしただけで急に怒り始めたわけですから。現に同行していた若手も泣き始めてしまいました。

でも、私が思ったのは「このお客さんは本気だな」ということでした。

ここでの「本気」というのは「怒り」のことではありません。怒りは嘘なんです。怒りは嘘で、演技をしている。一方で「案件を進めたい気持ち」が本気だということです。

本気でなければ、別に相手は何も言ってこないはずです。「検討しますね」などと言ってニコニコしているでしょう。本気で組もうとしているから、まず1回強めに出て、我々が付いてこられるかを試したわけです。

私は「なるほど、これは鎌をかけているだけだから、むしろチャンスだな」と思って冷静に話を進めていきました。するとお客さんも「わかってるじゃないか」という雰囲気になって、信頼関係が生まれました。

最終的にこの大型案件は契約に至ることができました。

なぜそういうことをするのか?

当時すでに私も営業の経験が長かったので、そういう場面には慣れていました。もし若手のときだったら「なんて失礼な人だ」と憤慨していたかもしれません。

営業において大切なのは、感情的に反応することではありません。「なぜ、この人はこういうことをやるのか?」を考えることです。

目の前で起きていることをメタ的に見られるようになると、仮に怒られたとしても「実はより深く信頼関係を築こうとしているのかもしれないな」と思えるようになります。

人間というのは一面的ではない奥深い生き物です。発言の背景に、その人が訴えたい「真意」があったりする。私はそういう人間の多面性を見つけることが好きなのです。

エンタープライズセールスは、人間の本音や真意を探る旅であるーー。

そう思えるようになってから、途端に営業が楽しいものになっていきました。飛び込み営業を好きな人はあまりいないと思いますが、このようなメタ視点で見られるようになると楽しくなってきます。

謝罪訪問も辛くなくなりました。

謝罪訪問をどこか俯瞰して楽しんでいる自分がいるのです。もちろん反省しながらも、謝るときのお辞儀の角度によってお客さんの反応がどう変わるのか? ここで相槌を打ったらお客さんがどういう反応を示すのか? を検証するようになりました。

「杉ちゃんさ、頭に霧吹きかけた?」

そういう「メタ視点」を手に入れるきっかけになった出来事があります。

課長と謝罪訪問に行ったときのこと。私はまだ20代でした。

当時、謝罪訪問というのは気が重いものでした。自分たちが悪いわけではないのに謝罪をしなければいけない。凹みましたし、憤りもありました。

そんななかでその課長は「杉ちゃんさ、頭に霧吹きかけた?」と言うんです。つまり、こちらがいかに平身低頭しているかを見せるためにも、霧吹きをかけて汗が出ているように見せたらいいのではないか、と。

本気で言っているわけではないでしょう。実際に霧吹きもかけませんでした。ただ、そうやってジョークを言いながら楽しんでいる上司を横で見て「スゲえな」と思ったんです。そういう戦いを経ながら、私もどんな場面であっても徐々に楽しめるようになっていきました。

「3回断られてから報告してくれない?」と言ったのもその課長です。

私はもともと人見知りなので、お客さんを飲み会に誘うのが苦手でした。「今度飲みませんか?」と言っても「まだ早いかな」などと言われていた。

そこで課長に「断られました」と言うと「杉ちゃん、飲み会っていうのはね、断られるところが始まりなんだよ。3回断られたら報告してくれない?」と言われたのです。

断られてからが勝負なのは営業も同じ。それからは何かを断られることは「挨拶」のようなもので、何とも思わなくなりました。

法人営業で見えてきた人間の本質

法人営業を長年やってきて思うのは「人間は合理的に見えて、やっぱり非合理だ」ということです。人間はそういうものだと思っています。

法人の買い物も「非合理的な判断」で行われます。

法人はきちっと合理的な判断のもと、ロジックに従って買い物が行われていると思われがちなのですが、実態はそうではありません。実態は「目的も含めて非合理」です。目的も含めて非合理なのだけれど、合理的に仕立てているのです。

あるコンペの話をします。

コンペというのは、まずクライアント側から「私たちはこういうことがやりたいので、こういうツールを望んでいます」という提案依頼書のようなものが送られてきます。表向きには「各社、同じ日に、同じ内容を書面として出す」ということになっています。その後、選定基準を踏まえて合理的に判断して、最終的にA社にしました、というのが一般的な流れです。

ただ実は、ここでもう完全に「非合理」があるのです。

例えば、出す情報が各社均一ではなかったりします。書面は同じだったとしても、勝たせたいと思ってる人に対しては対面で少し会ってヒントを与えたりするわけです。特に商品が似たりよったりの場合は、その時点でもう勝負は決している。そんなことはよくあります。

「杉本さん、御社は十馬身離れてます」

そのときのコンペは3社でやっていて、お客さんからは「杉本さん、残念ですが、御社は採用できないと思います」と言われていました。

しかし私は「できないと『思います』ってことは、できないと決まったわけじゃないんだな」と判断しました。そこで内情を聞きに行くわけです。

個室で1対1になると、お客さんは話し始めました。

「杉本さん、もう無理ですよ。現状どういう状況かというと、もうAという馬がゴールしかかってるんです。Bという馬はそこから三馬身離れてて、御社は十馬身離れてる。これくらいの差がついてるんです」

お客さんは競馬が好きな方でした。だからそういう表現をしたわけです。私はこのとき「一馬身=100万円」という意味だと直感しました。つまり、トップとうちでは月額1000万円の差があるのだろう、と。

私は「ちなみになんですけれども、もう1回金額を見直してみて、2〜3日後に再度送らせていただいていいですか?」と言いました。お客さんの返事は「難しいと思うけど、まあ、送るのは自由だよ」というものでした。

その後もいろいろやり取りはあったのですが、最終的に、なんとか月1000万円の差を掻い潜って、私たちに7億ほどの発注をしてもらえることになりました。

「信頼できる人を選びたい」という合理性

当時私は、休日によくそのお客さんと競馬に行って教えてもらったりしていました。そのときにできた関係性もあったと思います。

お客さんからすると「勝たせたい」と思いつつも明確にそのことを言うわけにはいかない。「いくらの差があるよ」と見せるわけにもいかない。だから「馬身」という表現でヒントをくれたのだと思います。

こう書くと非合理な判断に見えますが、私は合理的な側面もあると思うのです。それは「信頼できる相手を選ぶ」という合理性です。

特に長く続くプロジェクトの場合だと、お客さんが信頼できる相手を選ぶのは当然の理屈です。すると「信頼できる相手を勝たせるために何か協力できることはないか?」という気持ちが自然と発生します。

エンタープライズセールスは、まさにそういう関係性を作る部分が重要なのです。合理的にロジカルに詰めていけばひっくり返るというわけでもない。そもそも人間は非合理な生き物である。「仲良くなる」というのも非合理的な話かもしれません。ただやはり最後は「自分が信頼できる人と仕事がしたい」という思いが重要になってくるわけです。

もちろん「お客さんの課題を解決できる」という合理性がベースにないといけません。それは言うまでもないことです。その合理性なしに非合理が勝つことはない。

ただ、最終的にはそういった合理のベースの上にプラスアルファの価値が必要で、そこが非合理に見える関係性や信頼、思いだったりするのです。

アジェンダなしで会えるか

「大企業の人は杓子定規的だから、やりづらい」

そう思う人もいるかもしれません。だからといって拒絶していては何も進みません。大企業と言っても、一人ひとりの人間が動かしているわけです。人間ときちんと付き合っていけば、いろいろなことが見えてきます。

私も、あらゆる人と関係を築いていく中で杓子定規的な人とも出会いました。組織に従順で融通が利かないような人もいました。でも、そういう人でも、何度も足を運んでだんだん仲良くなって誕生日や家族構成、価値観なんかを把握できるようになってくると、いろんな面が見えてきます。

ある企業に真面目で堅物そうな方がいました。

でも何度かお会いする中で「3歳の娘が『スキーをやりたい』って言うから年末年始はスキーに行くんです」という話を聞きました。そういうとき「普段は厳しいことを言う人だけれど、娘には甘い顔してるんだろうな」という違う一面が垣間見えます。

私はちょうどキャラクターのついた卓上カレンダーを持っていました。会社のノベルティだったのですが、それを「これ、娘さん、喜びますかね?」と言って渡しました。すると「あ~、喜ぶかわかんないけど、あげてみますよ。なんでも舐めちゃうから気をつけないといけないですけど」と彼は言いました。

別にそれをダシにしたというわけではありません。ただただ何気ない会話をしただけですが、その人から帰り際に「杉本さん、年明けた2週間目ぐらいにもう1回来た方がいいですよ」と言われました。実際年明けに行ってみると、それが重要なコンペの前情報だったのです。「人間って面白いな」と思って付き合っていると、そういう情報がふと入ってきたりするのです。

ベストは目的なしに会いに行けるようになること。

アジェンダがある関係だと、その先にはなかなか行けません。「ちょっと遊びに行っていいですか?」「とりあえず会って話しませんか?」という何もない状態で会えるようになると最高です。

無駄話をしたり、ただ飲みに行くような関係になれると、結果的に仕事もうまくいく。エンタープライズセールスでは「無駄な会話ができる関係になる」というのがすごく大切なのです。

第2部:組織を理解する

人間は社会的生き物である

人間は非合理な存在であり、そういう人間の集合体である大企業の組織も、やはり非合理である、と私は思います。

合理的な決断に見えても、裏側は非合理だったりする。例えば「多数決で決めましょう」というときも、実はみんな長いものに巻かれたいだけだったりします。派閥の論理があったりもします。「本当にその選択が正しいか」よりも「誰の意見に乗っかると自分は得だろうか?」と考えるわけです。

これは当然の帰結です。

人間はそもそも1人では生きられません。ベースは、協力しあうことが必須の「社会的」な生き物。会社という社会の中で嫌われてしまったら自らの身が危ない。だから強い人の意見に乗っかる。

それはそういうものです。

日産とホンダの経営統合が破談になったことがありました。外から客観的に見れば、経営統合したほうが合理的なのかもしれません。でも、人間はだいたい客観的になれないものです。特に社内にいると「会社がすべて」になっていく。

「日産」という名前があって、歴史がある。それまでずっと献身的にやってきた人たちがいるわけです。「ここで経営統合することは自分たちがやってきたことに対する否定になる」。そう考える人が多ければ、その意見を汲み上げるのは自然なことでしょう。

エンタープライズセールスをやっていくうえで「組織はそういう力学で動いている」ということをまず知っておくことは大切です。

意外にマイノリティが組織を動かしている

「長いものに巻かれる」という力学からすると、あらゆることがマジョリティーに寄っていくのが必然です。

ただ面白いのは、全員がそうではないということです。

会社の中にはマイノリティーがいます。そして意外とこういうマイノリティーの人たちが、社内の案件を動かしていたりするのです。たまに窓際社員からイノベーションが生まれる、といった事例を見かけますが、そういうことが大企業の動きを見ていると現にあります。

普通は「長いものには巻かれろ」の力学で会社は動きます。なぜかというと、一人ひとりの人間がそこで生き残ろうとするから。もっと言えば出世したいからです。その一方でそれに反発するタイプの人たちも存在します。彼ら彼女らは「組織の論理」というよりも「現場第一主義」「顧客第一主義」で動くような人です。

そして、この「長いものに巻かれて出世していったマジョリティ」と「現場第一主義のようなマイノリティ」が一緒になると物事が動きます。

大企業でよく見るのは、経営者の「懐刀」としてマイノリティー側で現場をいちばんよく知るような人がいるケースです。経営者の懐刀は、意外とマジョリティー側にいる人ではないのです。現場をよく知り、現場と太いパイプがある人が経営者の隣にいたりする。そういう人が「普通は冒険しにくいな」というイノベーティブな案件を動かすのです。

経営者はわかっているわけです。

ずっと保守的に合理的な選択をし続けても競争優位性がなくなってしまうということを。ときに大胆でイノベーティブなものを生まなければいけないということをわかっている。だからマイノリティ側の人たちをうまく活用して、現場と繋がって、革新的な案件を進めていくわけです。

よってエンタープライズセールスとしては、新しいことをやりたいと思っているマイノリティ側の人たちにアプローチしていくとうまくいったりします。順当に稟議を上げていくとうまくいかないところが、意外と社長や副社長の「懐刀」と繋がっていると、スッと通ったりする。

そうやってうまくいった案件はいくつもあります。

「炎の人」の見つけ方

私はそういうマイノリティ側の人のことを「炎の人」と呼んでいます。

新しいことをやるためには、この炎の人を見つけることが大切なのです。炎の人は、自社の商品に強い思いを持ち、その魅力や価値を多くの人に伝えたり、実現に向けて社内を調整してくれたりします。

炎の人は、出世頭のタイプもいれば、出世とかは関係なく、会社のために「これはやるべきだ」といって行動するタイプがいます。どちらのパターンもある。だから出世から外れて役職が低い人でも無下にしてはいけません。

では、そういう人をどう見つけるか?

ひとつは「地道に探し続けること」です。LINEで働いていたとき、ヤマト運輸にLINEを導入してもらう大仕事があったのですが、そのときもキーパーソンに辿り着けたことが成功の鍵でした。

当時の私の上司であった田端信太郎さんも「これは宝探しと一緒だな」と言っていましたが、とにかく探し続ける、掘り続ける。いろんなところに泥臭くアプローチする。最初はそれしかありません。

もうひとつは「自分も燃え続ける」ということです。炎の人は、同じく燃えている人がいると自然と引き寄せ合います。ビジョンを持って燃え盛っていると、そのビジョンに惹かれる人が、どこかで「話をしたい」とか「紹介したい」となって出会うことができる。

だから営業は炎を燃やし続けないといけないと思っています。当然「炎の人」を探すのですが、自分がまず「炎の人」にならないと相手が寄ってこないのです。

自分が燃えていることを知らしめる方法はいろいろあります。

私はかつて、興味関心を引くためにお客さんに役立ちそうな情報をまとめて「杉本通信」というメールを送っていたことがあります。すると何かのきっかけで声をかけてくれるようになります。

イベントへの登壇やクローズドの勉強会を開くのもいいでしょう。すぐに繋がりはできないかもしれませんが、地道に続けていると声がかかったりするものです。

表に出てこない人もいる

「炎の人」と言うと目立っている人を想像するかもしれませんが、表に出てこない炎の人もたくさんいます。公で記事になっている人であればわかりやすいのですが、大企業の中には表に出てこない炎の人がたくさんいる。

そして、本当に面白い人はXをやっていなかったりします。だから、SNSで目立っていてイベントによく登壇するような人だけを追っていてはダメなのです。

大切なのは「ただ面白い人」ではなく「それを遂行できる人」を見つけることです。面白いことをやりたい人と実行できる人のあいだには大きな川が流れています。「面白いことをやりたい!」と言っている人と、それが実際に会社の中で実現できる人は違うのです。両方が兼ね合わないと、案件は成り立ちません。

私が思う炎の人は大企業の中でも5%くらいです。

100人のうち面白いことをやりたい人が10人だとしたら、それを実行できる人はその半分くらい。「今度ぜひ面白いことやりましょう」などと言って調子がいいだけの人はたくさんいます。でも、それで案件が成立するとは思いません。

長年いろんな人に会ってみて思うのは、期待しすぎてはいけないということです。期待するとガッカリしてしまうからです。エンタープライズセールスは「期待せずに行く」くらいがちょうどいい。期待せずにいろんな人と交流していると、ふといい話が舞い込んで来たりするものです。

大企業で起きる「伝言ゲーム」

炎の人と出会えて検討が始まっても、エンタープライズセールスの場合はお客さんの「社内」の事情も考えておかなければいけません。

エンタープライズには多くのステークホルダーがいます。

資料ひとつとっても、現場の担当者が見て「いいね」と思うものと経営層が見て「いいね」と思うものは違うのです。エンタープライズの社内では必ず「伝言ゲーム」が起きます。資料が独り歩きしていく。だから、この伝言ゲームに耐えうるような資料にしておかないといけないわけです。

会社には部署という「縦」のメッシュと役職という「横」のメッシュがあります。現場の社員と、中間管理職である事業責任者、経営者、それぞれに伝えるべきメッセージは違います。一人ひとり、思惑は違う。背負っているミッションも違う。評価される軸も違う。だから、それに対応したコミュニケーションをしなければいけないのです。

エンタープライズセールスは当然、ただ資料を渡すだけではうまくいきません。資料を渡すときに「上司にはこうやって伝えてくださいね」と伝え方を教える。もしくは「御社に行くので一緒に伝えましょう」と言って、説明の場を作ったりもします。

勉強会を開いて、各部署の人を呼んでもらうのも効果的です。

そこで「誰がポジティブで、誰がネガティブか」を見ておく。ネガティブな人に対してはマイナスをゼロに戻すようなコミュニケーションを、ポジティブな人にはより前向きになってもらうようなコミュニケーションをやっていくわけです。

「納得」と「説得」

話を進めるためには「納得」と「説得」の両方が必要です。

エンタープライズセールスにおいては、まず目の前の人に「納得」してもらいます。まずは納得してもらえるコミュニケーションをする。ただ、それだけではダメです。さらにその人が上司や決裁権者を「説得」するための論法を与える必要があるのです。

たとえばあなたが営業ツールを売るとします。

現場の人に対しては「これを使えば仕事が楽になりますよ」と伝えれば「納得」してもらえるでしょう。一方で現場の人が決裁権者である上司に「仕事が楽になるので導入してください」と言ったらどうでしょうか? 上司は「お前が楽になるだけだろう」と言われて弾かれるのがオチです。

そういうときは「これを導入するとチーム全体の成果が上がって、今期の目標が達成できます」と説得するわけです。上司のミッションがチームの目標達成であればきっと納得してくれるでしょう。

経営者が決裁権者であれば「営業DXを導入すると、効率化が進んで、業績も上がりますし、株価にも反映されますよ」と伝える。そのように社内を伝言ゲームで伝わっていくときに、その「ロジック」も与えてあげると話が前に進んでいくはずです。

決裁権者がOKでも終わりではない

難しいのが、例えば社長が納得すれば決裁されるかというと、そうではないということです。

時代の流れもあるのでしょう。今の経営層は、現場の声を大切にします。「これ、導入して大丈夫?」と部下に聞いて合意形成を図る人も多くいます。よって今度は、社長の「納得」から、逆に社員への「説得」の流れが出てくるわけです。そこで「部下を説得するための論法はこうだ」ということを教える必要が出てきます。

ここがよく勘違いされるところです。

「決裁者がOKと言ってるから導入されるだろう」と思いがちなのですが、されない。現場の反対に遭って止まるケースもよくあるのです。現場に導入しようとするときに「現場がこれだけ楽になりますよ」「こんな効果が出ますよ」「これをやるとお客さんも喜びますよ」という言葉を添えるか添えないかで結果は変わってくるのです。

第3部:時間がかかることを理解する

成果の出ない2年間

34歳のとき、NTTコミュニケーションズからLINEに転職しました。

エンタープライズセールスとして、LINEをあらゆるインフラ系企業に導入してもらうのがミッションです。しかし当時はインフラ系企業とは何の繋がりもありませんでした。

結局、大きな成果が出るまでに2年ほどかかりました。

直属の上司だった田端さんからは「俺は2年間は我慢するからな」と言われていたのですが、途中で給料を少しだけですが下げられました。「え、下げないって言ったじゃん!」と思いました。

まあそれはいいのですが……忘れもしない2016年の1月15日。入社から2年間の水面下での苦労が実り、ヤマト運輸さんへの導入が決まりました。最後は社長同士が握手をして提携が決まりました。

仕込みの2年間、何をしていたのか?

私は大玉を狙うというか、インフラ企業を狙うことに注力させてもらっていました。特に役職もなく、まわりからは「特命係長」と呼ばれていました。

具体的な動きとしては、イベントに出て行ったり、社内の人や知り合いに人を紹介してもらったり、お客さんが集まるところに出て行ったり……。

とにかくヤマト運輸やANAなど絶対に狙いたいところに少しでも近づけるよう、炎の人を探し続けては会うということを泥臭く続けていました。

提案は内容よりもタイミング

提案はその内容も大切ですが、より重要なのがタイミングです。

例えば商談のとき、お客さん側に5人いて、その末席にいる人が「炎の人」だったりするわけです。端っこにいるからといって軽視してはいけません。「いまいち反応が良くなかったな」というときでも、その末席にいた人からこんなメールが来たりします。

「先日はありがとうございました。今回は見送るということになったのですが、私としてはすごく大事だと思っていまして……」

そういうとき私は、その人に定期的に会うようにします。確かに今はまだタイミングではないのですが、その人の立場が変わったり、風が変わると機会が巡ってくることはよくあるのです。

提案の中身よりもタイミングが物を言う。

どんなときも風が吹いただけで船は進みません。風が吹き始めたときを見計らって帆を広げる。この感覚がものすごく大事なのです。よってエンタープライズ営業は「それまで待つ胆力があるか」も問われる。それができる人でないとなかなか結果は出ません。

1年以上タイムラグがあることなんてザラです。

だから「なんだ案件になんないや」などと思ってはいけないのです。悪い印象を残したり、連絡を取らなくなったりしてもいけない。誰かが転職してそこで話をしてくれたり、誰かが出世して役職が変わることだってあります。

あのときは何も仕事にならなかったけど、その人が職場を変わって、急に仕事になる。そんなパターンはたくさんあります。長くエンタープライズセールスをしていると、それを強く実感します。

なぜ私はノルマを気にしないのか?

仕込んでいる2年間は「結果が実るか実らないかは神のみぞ知る」という状態が続きました。誰も将来を確約してくれない。不安にもなります。

しかし、エンタープライズセールスにおいては「穴を掘り続けること」が重要なのです。

結果がなかなか出ない人は、いろんなところに穴を掘り続けては、途中でやめてしまいます。それではダメなのです。結果が出るまでに時間がかかるし、結果が出ることも稀。そこをまずわかっておかなければいけない。

悩ましいのは、営業は結果が出ないと詰められるということです。詰められなかったとしても、会社に居づらくなる。そしていつしか他のことをやり始めてしまったりします。

ただ私の場合は、良くも悪くもノルマを気にしません。詰められたとしても「すみません」と言いながら、実は気にしていないんです。

なぜ気にせずにいられるかいうと、社会を変えるためにやっているからです。別にカッコつけているわけではなく「ヤマト運輸がLINEを導入すれば、すごく便利になるし、社会もより良くなる。だから絶対にうまくいく」と思っていた。だから、活動が途切れなかった。途切れなかった結果、約2年でうまくいったというわけです。

エンタープライズセールスで重要なことはいろいろありますが、いちばん大切なのは、ここかもしれません。つまり、スキルやノウハウよりも思いです。「これで社会を変えるんだ」「これで社会を良くするんだ」という思い。それがないと続けられませんし、逆に言うとそこさえあればうまくいくのではないか。そう思うのです。

人間理解をして、最前線でお客さんの課題解決に貢献できて、喜びをいちばん最初に受け取れる。それがエンタープライズセールスの面白さです。

そして「社会を変える起点」になることができる。

顧客を変え、会社を変え、その先の人を変え、社会を変えていく。その可能性があるのがエンタープライズセールスという仕事の魅力だと思います。

成約は「始まり」にすぎない

エンタープライズセールスが他の商品と違うのは、買ってからの付き合いの方が長くなるケースがほとんどであることです。一回の売買で終わるわけではない。むしろ成約後は「一緒に仕事を作っていく」感覚です。

だから成約前から「杉本さんと仕事すると面白そう」「杉本さんと仕事するとうまくいきそう」と感じてもらえることも大切です。

ヤマト運輸さんのケースも、LINEを導入して終わりではありませんでした。

例えば、ヤマト運輸のLINEアカウントを盛り上げるため、スタンプを売ったりもしました。ヤマトの担当者と一緒に「どうすれば、ヤマト運輸は好かれるだろうか?」と考えたとき「LINEスタンプを作ってはどうか?」というアイデアが出たのです。

いざリリースすると「ヤマトのスタンプ、めっちゃかわいい!」といったようにSNSで盛り上がりました。スタンプがバズったことで、よりヤマトを身近に感じてもらえ、ヤマトのアカウントが使われるようになる。そうすることで再配達も減り、セールスドライバーの方も楽になるはずです。みんなにとっていいことばかり。

スタンプを提案したことで私の仕事は増えました。帰る時間も遅くなりました。でも「これが流行ったら面白いだろうな」と思ったのです。当然スタンプの利益は私には入らない。別に私の給料が上がるわけでもない。でも私は「社会がほんの少しでも良くなった」と思えたことがうれしかったのです。

最後に:営業は絶対やりたくないと思っていた

冒頭にお伝えしたように、私は営業だけは絶対にやりたくないと思っていました。手八丁口八丁でモノを売っていくという印象があったから。そして、もともと人見知りだからです。

一方で私には「人間を理解したい」という思いが根底にありました。

嫌々配属された営業部でしたが、上司の後ろについて仕事しているうちに「あれ? こんなに人間が見える場所もないのでは?」と思うようになりました。特に大企業だと複数の意思決定者やステークホルダーがいます。その人たちの動きによって案件が左右される。そこが難しいところであり、面白いところだなと思うようになりました。

「人間を理解したい」という個人的な興味と、エンタープライズセールスでの「組織のステークホルダーたちの関係値を紐解いていく」営みがマッチした。それがこの仕事を20年続けてこられた理由かもしれません。

「人間はしょうもないけれど、愛すべきもの」

これが私の人間理解の暫定的な答えです。

多くの人が「会社のため」と言いつつ、本音は「個人のため」だったりします。「会社の方針が……」「上層部が……」と言いつつも、実は「自分が出世したい」だったり「マウントを取りたい」「有名になりたい」という承認欲求だったりする。こういうのは「しょうもないな」とは思うけれど、かわいらしいなと思うわけです。当然、自分も含めての話です。

面白いのが、逆もあることです。

つまり「個人のため」「私がやりたいから」とまわりに言いつつも、実は「会社のため」にやっている人もいる。「俺がやりたいだけだから」と言ってはいるけれど、結果的にそれが会社のため、ひいては社会のためになっていたりする。そういう多面的なところが、人間は本当に面白い。

短期的に、狭いスコープで見ると「この人、しょうもないな〜」と思っても、広くマクロで見ていくと、そういう人たち同士が世界をうまく回しているわけです。支え合いながら、協力しながら生きている。裏も表もある、そんな愛すべき人たちで世界が成り立っていて、そういう人たちがいいことも悪いこともする。

だから人間というのは面白い存在だなと思うんです。

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