七福神シリーズ|祈紙(いのりがみ)編 【福禄寿と解けぬ氷の歳月】
「許さない」という祈りが、私を今日まで生かしてきた。
チリーン、
チリーン、チリーン。
祈紙(いのりがみ)が、福禄寿の手元に。
「……ほう。これほどまでに冷たく、そして熱い祈りがあるか。愛が裏返り、氷の礫(つぶて)となって心に突き刺さっておるな」
福禄寿は長い髭を撫で、静かに、重々しくその紙を掴み取った。
祈紙(いのりがみ)は、願いの重さをそのまま色に映す。
手元に届いた色は、凍りついた湖の底のような「氷色(ひいろ)」。
透明で美しく、けれど触れれば指が切れるほど鋭い、孤独な祈りの色だ。
(六十代 女性 ちいさんの祈紙)
私が何をしたというの
幸せだと信じていた二十代。
愛する人と結婚し、二人の子供に恵まれた三十代。
けれど、彼は言った。「他の女性を愛している」と。
そこから家には寄り付かなくなり、別居が始まった。
私は一人、働きながら、必死で幼い二人を育てた。
「私の何が悪かったの?」
「私がきれいじゃないから?」
「子供はかわいくないの?」
暗い部屋で何度自分を責めても、事実は変わらない。
彼は土下座するようにして、金を積んできた。
「慰謝料も払う。だから離婚してくれ」
私は、その言葉を叩き返した。
「お金で解決して、自分たちだけ幸せになればいいなんて、そんなの許さない。生活費と養育費は毎月振り込みなさい。でも、離婚はしないわ」
許さない。死ぬまで、私はあなたの妻の座を離さない。
地獄まで連れて行く鬼になってもいい。私は、あなたたちを許さない!
季節が止まった場所で
チリーン、
チリーン、チリーン。
高い空の上で、福禄寿が、ちいさんの歩む道を見つめている。
「幸福とは、ただ笑うことだけではない。何かにしがみついてでも生き抜くこと、それもまた、ひとつの生の形よのぅ」
子供たちは成人し、やがて養育費の振込も止まった。
それでも、ちいさんは離婚届を書かなかった。
「許さない」という感情は、いつしかちいさんの「背骨」になっていた。
その怒りがあったから、一人で子供を育て上げ、今日まで立派に働いてこられたのだ。
けれど、子供たちが就職し、一人、また一人と家を巣立っていったとき。
ふと立ち止まると、家の中には、しんと静まり返った空気だけが残されていた。
忙しさにかまけて、気がつけば両親は亡くなり身内は子供しかいない。
自分を支えていたはずの「怒り」という名の熱が、少しずつ指先から逃げていくのを感じた。
福禄寿の囁き
窓の外、夕闇が迫る。
かつて憎んだあの人の顔も、今ではぼんやりとしか思い出せない。
私は、何と戦ってきたのだろう。
私は、これから誰と生きていくのだろう。
高い空の上、福禄寿はちいさんの肩に、そっと温かな光を降ろした。
「ちいよ。そなたは十分に戦った。鬼として生きる時間は、もうすぐ終わる。これからは、そなた自身のために『時間』を使いなされ。長きにわたる戦い、お疲れ様であったな」
ちいさんは、長いこと開けていなかった窓を開けた。
そこには、自分を縛り付けていた過去ではなく、ただ、穏やかな夜風が吹いていた。
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