七福神シリーズ|祈紙(いのりがみ)編 【恵比寿と波待ちの焦燥】
鳴らない電話、止まった時間。誠実さが「福」に変わる、その瞬間まで。
チリーン、
チリーン、チリーン。
祈紙(いのりがみ)が、恵比寿の手元に。
「ほぅ……。大物を釣り上げようと焦っておるな。潮の満ち引きは、己の力ではどうにもならぬというのに」
恵比寿は小脇に抱えた鯛を撫で直し、穏やかな顔でその紙を掴み取った。
祈紙(いのりがみ)は、願いの重さをそのまま色に映す。
手元に届いた色は、深い海の底から水面を見上げたような「縹色(はなだいろ)」。
誠実でありたいと願う青さと、先が見えない不安が混ざり合った、静かな祈りの色だ。
(三十代 住宅営業 こんさんの祈紙)
返信のない画面
「よし、これなら!」
自信を持ってお客様に紹介できる、最高の物件。
これまでのご要望をすべて満たした、まさに「運命の一軒」だ。
意気揚々と連絡を入れ、スマホを握りしめる。
……けれど、画面は暗いまま。
一晩経っても、二日経っても、ご夫婦からの返信はない。
「なしのつぶて、か……」
そこへ追い打ちをかけるように、取引先からの電話が鳴る。
「あの物件、他の方も検討されているのですが、どうなりましたか?」
「す、すみません!まだ連絡が取れていなくて……もう少し、もう少しだけ待っていただけませんか」
受話器を置く手が、微かに震える。
自分を疑う夜
このお客様だけじゃない。
他のお客様も、なんだか感触が良くない気がしてくる。
「僕の対応が悪いんだろうか」
「一押しが足りないのか、それとも押し付けがましいのか」
「……そもそも、この仕事に向いていないんじゃないか」
油まみれの手で仕事をしていた、がむしゃらな時代とは違う。
「言葉」と「信頼」だけで家という大きな買い物に寄り添うことの難しさが、鉛のように心にのしかかる。
チリーン、
チリーン、チリーン。
高い空の上、恵比寿は釣り糸を垂らしながら、ゆらゆらと揺れている。
「良い餌を撒き、良い場所に糸を垂らしたのなら、あとは魚を信じて待つだけじゃ。焦って糸を引けば、すべてが台無しになるわぃ」
誠実という名の「福」
数日後。
諦めかけていたスマホが、不意に震えた。
『こんさん、お返事が遅くなって本当にすみません。あの物件を見て、夜通し夫婦で話し合っていました。あまりに素敵すぎて、自分たちの将来を想像して……怖いくらいに感動してしまったんです。ぜひ、進めてください』
画面が涙で滲む。
自分の対応が悪かったわけじゃなかった。
お客様は、こんさんが届けた「未来」を、大切に、大切に咀嚼してくれていたんだ。
高い空の上、恵比寿は立派な鯛を釣り上げ、ガハハと笑った。
「誠実は、いつか必ず福を連れてくる。待つのも立派な仕事じゃな」
こんさんは深く息を吐き、もう一度、誠実な声で電話をかけた。
「お待たせいたしました。こんです」
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