孝謙・称徳天皇物語 女帝の手記(里中満智子)3巻(うつせみ藤原仲麻呂)
孝謙・称徳天皇物語 女帝の手記(里中満智子)1巻(まほろば光明皇后)|古墳時代史解題
孝謙・称徳天皇物語 女帝の手記(里中満智子)2巻(たゆたひ聖武天皇)|古墳時代史解題
「女帝の手記③」(里中満智子)読了。引き続き、阿倍内親王(孝謙天皇)と藤原仲麻呂の関係が気になる3巻ですが、元明朝末期(不比等没後)から元正朝かけては(元明天皇の意志で)(内臣の)藤原房前が、聖武朝は(藤原氏の意志で)(首皇子の東宮傅だった)藤原武智麻呂が活躍していたか(長屋王の死後は藤原武智麻呂政権)と考えられます。勿論長屋王の地位は高いですが、藤原氏の実力は無視できるものではありませんでした。
藤原四兄弟の死後は(妻が藤原不比等の娘の)橘諸兄政権ですね。ただし、橘諸兄政権は光明皇后を立てなければならなかった。光明皇后の母が県犬養橘三千代だったからです。結局、光明皇后の娘の孝謙天皇の即位を阻むことは出来ず、孝謙天皇即位後には光明皇后を支える紫微令の(武智麻呂の次男の)藤原仲麻呂(阿倍内親王/孝謙天皇の後見と思われる)が台頭することになりますが、武智麻呂の長男の(基皇子の後見だったか)豊成が藤原氏の氏上ではあったようです(今度は房前と違って仲麻呂は豊成を立てませんでした(孝謙天皇の次も大炊王を立て自分が担当しようとしました)。一族の結束が弱かったこともあってか、仲麻呂は最終的には破滅してしまいます)。こう考えると結束した藤原の強さが目立ちます。
2026年7月17日追記)7月11日ポストを改訂しています。事実に忠実な表現になるように気を付けました。
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