社会派サイエンスフィクション史/第11回:多元正義再編期
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■ 概要
「多元正義再編期」(1980年代半ば以降に先駆が現れ、1990年代から2010年代に中心化した流れ)とは、SFが単一の技術進歩史や標準化された未来像を離れ、ジェンダー、人種、階級、障害、ケア、移民、生殖、遺伝子、クローン、身体管理、評価経済、非西洋的未来像を中心に据えた時期である。
技術はここで、進歩や危険という一般論ではなく、誰の身体を選別し、誰の移動を制限し、誰のケアを組織化し、誰の生を人間として認めないのかという問題として読まれる。
この期に変わったのは、SFの問いが「技術は進歩か危険か」から、「誰の身体が使われ、誰の未来が認められ、誰が人間や市民として扱われるのか」へ広がった点である。
正義は資源の配分だけでなく、承認、身体の自己決定、歴史的差異、ケア制度、評価制度として問題になる。
普遍的な正義の言葉が、差異ある身体や生活史を包摂するのか、それとも新しい排除を作るのかが、この時期の緊張を形づくる。
この時期の思想的背景には、ジョン・ロールズの公正としての正義、ロバート・ノージックの権利論、マイケル・サンデルの共同体批判、ユルゲン・ハーバーマスの討議理論、ジュディス・バトラーのジェンダー・パフォーマティヴィティ、マーサ・ヌスバウムとアマルティア・センのケイパビリティ、アクセル・ホネットとナンシー・フレイザーの承認と再分配、T・M・スキャンロンの合理的拒否可能性がある。
正義は一つの尺度へ還元されず、社会構造、身体、文化、声、ケア、能力の複数の次元で争われる。
■ 1. 技術 ― 生命情報と身体選別
この期の技術は、生命情報と身体選別の形で現れる。
『ガタカ』では、遺伝子情報が能力、職業、階級を決めるものとして扱われ、選抜と差別を正当化する。差別は露骨な暴力ではなく、客観的なデータと合理的な選抜として行われる。
『スペインの乞食』では、遺伝子改変によって「眠らない人々」が生まれ、能力差と社会的義務の問題が浮上する。技術は人間を強化するが、その強化が新しい階級境界を作る。
『コード46』では、遺伝情報が恋愛、移動、出生管理へ入り込む。身体情報は個人の秘密ではなく、国境と制度を動かすデータになる。
『ハーモニー』では、健康管理と身体データの共有が公共善として組織化され、保護と自己決定の境界が揺らぐ。
生命情報は病気を治すだけでなく、人間を分類し、適合させ、管理する力になる。
■ 2. 自由 ― 身体・移動・生殖の自己決定
自由はこの期に、身体、移動、生殖、健康、記憶をめぐる自己決定を中心に据える。
『侍女の物語』では、女性の身体は国家と宗教によって生殖資源として管理される。
自由は思想や言論の問題である以前に、自分の身体を誰のために使うのかを決める権利として扱われる。
『トゥモロー・ワールド』では、生殖不能と難民排除が結びつき、未来世代の可能性が政治的に管理される。
『コード46』では、遺伝情報によって移動や恋愛が制限される。自由は国境を越えること、誰と関係を結ぶか、どの身体で生きるかの問題になる。
『スリープ・ディーラー』では、身体を国境のこちら側に残したまま労働力だけが遠隔輸出される。移動できない状態は、ネットワーク化された搾取によって代替される。
『ハーモニー』は、健康であることを強制されない自由を問う。病気や危険から守られることは望ましいが、健康が唯一の善になると、危うさや沈黙や死への思考まで不合理として管理される。
多元正義再編期の自由は、抽象的な個人主義ではなく、身体を持ち、移動し、生殖し、病み、ケアされる存在として自己決定できるかを問う。
■ 3. 正義 ― 配分から承認へ
正義はこの期に、資源の配分だけでなく、承認、ケア、身体の不可侵性、歴史的な不平等を扱う。
『わたしを離さないで』では、クローンたちは教育され、感情を持ち、関係を築くにもかかわらず、臓器提供者として静かに消費される。社会は彼らを完全な人間として承認しないことで、搾取を日常化する。
『エリジウム』では、高度医療を受けられる富裕層と地上の貧困層が分離される。医療技術が存在していても、それにアクセスできない者には正義がない。
『3%』や『ハンガー・ゲーム』では、選抜や競争が公正に見える制度として働きながら、格差秩序を再生産する。機会の平等という言葉は、出発条件の不平等を隠すことがある。
『パワー』は、抑圧された側が力を得た後に、正義と支配の境界が反転することを扱う。『ホワイト・ボイス』は、人種化された声、労働、企業搾取、身体の商品化を通じて、支配がどのように日常の話し方や雇用制度へ入り込むかを描く。
正義は被害者の位置を固定するだけでなく、力を得た後の制度や暴力をどう考えるかまで含む。
この期は、単一の普遍的な正義ではなく、異なる身体、歴史、共同体が持つ複数の正義を扱った。
ロールズは社会の基本構造を公正に組み立てることを重視したが、バトラーやフレイザーが明らかにしたのは、社会制度が想定する主体そのものが性別、文化、労働、承認の偏りを帯びうるという点だった。
スキャンロンの合理的拒否可能性を重ねるなら、正義は「全体としてよい」ことでは足りず、その枠組みを負わされる個々の人がどの理由で拒否しうるかまで問題になる。
■ 4. 支配 ― 知覚・娯楽・評価の枠組み
支配はこの期に、身体管理だけでなく、知覚、娯楽、評価、空間認識を通じて働く。
『都市と都市』では、同じ空間に重なる都市を住民が意識的に「見ない」ことで社会秩序が維持される。
支配は壁や銃だけでなく、何を見てよいか、何を見なかったことにするかを訓練する制度的運用として成立する。
『ハンガー・ゲーム』では、国家暴力が娯楽として演出される。支配は恐怖だけでなく、視聴、熱狂、物語化を通じて維持される。
『ブラック・ミラー』「Nosedive/ランク社会」では、相互評価スコアが住宅、移動、交友、階層上昇に影響する。人々は外部から命令されず、他者の評価を内面化して自分を管理する。
『アドバンテージャス』や『オーファン・ブラック』では、女性の身体やクローンの所有権が、企業や制度によって支配される。
『ハーモニー』の健康管理も同様に、善意のケアが監視へ変わる可能性を物語る。
多元正義再編期の支配は、暴力的な抑圧と、参加、承認、ケア、評価を通じた自発的服従の両方を扱った。
■ 5. 人間観 ― 複数の生活史と同一性
人間観の面では、この期は、人間性を単一の基準で測ることを拒む。
『彼、彼女、それ』は、サイボーグ、ジェンダー、ユダヤ史、都市共同体を重ね、人工的人格が歴史や共同体と切り離せないことを物語る。
『オーファン・ブラック』では、遺伝的に同一のクローンたちが異なる生活史、関係、欲望を持つ。遺伝子の同一性は人格の同一性を意味しない。
『わたしを離さないで』は、人間性を大きな反乱ではなく、記憶、友情、嫉妬、教育、諦め、ケアの細部から扱う。
クローンであっても、その生活史があるなら、彼らを資源として扱う社会の方が非人間的である。
『月に囚われた男』も、クローン労働者の記憶と契約を通じて、人格の継続性と労働搾取を問う。
『ハーモニー』では、健康で透明な身体を持つことが人間らしさとは限らない。危うさ、沈黙、自傷的な思考、死への意識も人間の一部である。
この期の人間観は、遺伝子、身体、ケア、歴史、共同体、記憶の複数性を通じて、人間を単一の標準へ還元することに抵抗した。
■ 6. 普遍的正義 vs 差異からの正義
この期の中心的対立は、普遍的正義と差異からの正義である。普遍的正義は、すべての人間に同じ権利と機会を与えるという重要な理念である。
しかし、誰が「人間」に含まれるのか、誰の身体が標準とされるのか、どの歴史的差異が見落とされるのかを問わなければ、その普遍性は排除を隠すことがある。
差異からの正義は、単に集団ごとの特権を求めるものではない。
生殖する身体、遺伝的に選別される身体、移動できない身体、クローンとして作られた身体、健康管理される身体が、それぞれ異なる形で枠組みにさらされることを出発点にする。
多元正義再編期の作品は、未来を語るとき、誰の苦痛が見えなくされ、誰の声が枠組みの外へ置かれるのかを問い直した。
ヌスバウムとセンのケイパビリティ論は、正義を資源の量だけでなく、人が実際に何をなしうるかとして考える。ホネットの承認理論は、軽蔑や不可視化を不正義として捉える。
これらを踏まえると、遺伝子、健康、移動、ケア、評価の制度は、単なる資源配分ではなく、人が自分を価値ある存在として生きられる条件を左右する。
この対立から見れば、多元正義再編期は、誰が標準的人間として想定されてきたのかを問い直す時期である。
身体、性別、遺伝子、国境、健康、ケア、労働、声、外見、評価は、別々の論点に見えて、社会制度が人間を分類し価値づける方法で結びついている。
多元性とは、テーマの数が増えることではなく、正義の前提が一つではないと認めることである。
健康を守ること、能力を伸ばすこと、公平に選抜すること、治安を維持すること、評価を可視化することは、一見すると合理的で望ましい。
しかし、それらが身体や生活史の差異を無視すると、保護や機会の名で新しい序列が作られる。正義は完成した答えではなく、異なる身体と歴史が出会う場で絶えず再調整されるものとして扱われる。
身体を管理し、未来を配分し、承認を与える社会制度は、正義を名乗りながら不正義を作りうる。差異を消す社会も、差異を商品化する社会も、普遍性の名で排除を生む可能性を抱えている。
■ 締め
多元正義再編期は、SFが未来社会の不平等を、身体、ケア、遺伝子、移動、評価、承認の問題として読み直した時期である。
技術の是非だけでなく、技術がどの身体を救い、どの身体を管理し、どの存在を人間として認めないのかが中心になった。この問いは、気候惑星危機期における資源配分と生存の問題へ直結していく。
次回:気候惑星危機期
