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社会派サイエンスフィクション史/第2回:社会派サイエンスフィクション史の時代区分

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■ 概要

社会派サイエンスフィクション史の時代区分は、科学技術をめぐる想像が、どの時点で、どのような社会的問いへ移ったのかを読むための区分である。

本資料では、空想社会前史期からAI人間観再編期までの10期を設定する。その際、作品の刊行順だけでなく、社会批判、技術倫理、自由、正義、支配、人間観の焦点がどこへ移動したかを重視する。

■ 1. 空想社会前史期

空想社会前史期は、SFが独立したジャンルとして成立する前に、別社会を仮定して現実社会を批判する形式が整えられた時期である。そのため、この区分には、今日では幻想文学、ユートピア文学、風刺的旅行記、プロトSFに分類される作品も含まれる。

トマス・モア『ユートピア』、トンマーゾ・カンパネッラ『太陽の都』、フランシス・ベーコン『ニュー・アトランティス』、マーガレット・キャヴェンディッシュ『燃える世界』、ジョナサン・スウィフト『ガリヴァー旅行記』ラピュータ篇などは、理想国家、科学研究機関、異世界、風刺的旅行記を通じて現実社会を相対化した。

この期の固有性は、近代科学技術そのものよりも、「現実とは異なる社会条件を置けば、人間社会を別様に考えられる」という形式が整えられた点にある。

後の産業科学ロマンス期が機械や生命科学の具体的な不安を扱うのに対し、この時期は統治、宗教、教育、共同生活の設計を主題にする。

したがって、ここで重要なのは科学技術SFとしての完成度ではない。仮想社会による社会批判の前史として、以後のSF的想像力の基盤を作った点に意義がある。

■ 2. 産業科学ロマンス期

産業科学ロマンス期は、18世紀末から19世紀にかけて、産業革命、蒸気機関、電気、解剖学、化学、進化論、都市化が文学的想像に入り込んだ時期である。

メアリー・シェリー『フランケンシュタイン』は人工生命を通じて創造者の責任と人間の境界を問い、サミュエル・バトラー『エレホン』は機械が進化し、人間を支配しうるという不安を早くから示した。

H・G・ウェルズ『モロー博士の島』や『透明人間』、ジュール・ヴェルヌ『海底二万里』も、科学技術を驚異であると同時に逸脱の源として描いている。

ここで科学技術は、抽象的な社会制度の設計材料から、身体、生命、移動、責任、暴力を変える具体的な装置へ移る。

前期の空想社会が別社会の設計を重視したのに対し、この時期には技術そのものが人間観と社会秩序を揺さぶる。この技術的想像は、次の未来社会批評期に入ると、資本主義、労働、都市、階級をめぐる社会批判へ拡張される。

■ 3. 未来社会批評期

未来社会批評期は、19世紀末から20世紀初頭にかけて、未来社会像が資本主義、労働、階級、都市、性別役割の批判に用いられた時期である。

エドワード・ベラミー『顧みれば』は分配と国家管理を思想実験化し、ウィリアム・モリス『ユートピアだより』は産業資本主義に対して労働、自然、共同体、手仕事を再構想した。

H・G・ウェルズ『眠れる人が目覚める時』では、未来が冒険の舞台ではなく、階級分裂や資本集中の帰結を見る装置になる。

発明譚や科学驚異を越えて、SFは社会制度の別様の配置を考える思想実験として強く機能し始める。産業科学ロマンス期の技術不安は、この時期に労働疎外、階層分化、都市管理、ジェンダー秩序の問題へ接続される。

次のディストピア成立期では、こうした未来社会批評が、自由を奪う枠組みの具体的な恐怖へ収束していく。

■ 4. ディストピア成立期

ディストピア成立期は、20世紀前半に、全体主義、官僚制、大衆宣伝、優生学、監視、計画経済、消費管理がSFの中心的な問題として定着した時期である。

カレル・チャペック『R.U.R.』は人工生命としてのロボット労働と人間社会の崩壊を描き、フリッツ・ラング『メトロポリス』は機械都市と階級分断を映像的に可視化した。

エヴゲーニイ・ザミャーチン『われら』、オルダス・ハクスリー『すばらしい新世界』、ジョージ・オーウェル『1984年』、レイ・ブラッドベリ『華氏451度』は、国家、言語、快楽、監視、記憶操作、快適な無関心が自由を奪う構造を示す。

この期に、未来は明るい進歩の約束から、自由が構造的に奪われる可能性へ変わる。前期の未来社会批評が社会制度の設計の比較を含んでいたのに対し、この時期には国家、都市、教育、宣伝、言語、心理操作が支配装置として中心になる。

次の冷戦技術倫理期では、こうした支配の問題が核兵器、軍事官僚制、コンピュータ、科学者の責任へ接続される。

■ 5. 冷戦技術倫理期

冷戦技術倫理期は、第二次世界大戦後から1960年代にかけて、核兵器、宇宙開発、コンピュータ、サイバネティクス、軍産複合体、放射能がSFの主要な主題になった時期である。

フレデリック・ポール/C・M・コーンブルース『宇宙商人』は広告企業と消費社会による欲望管理を描き、カート・ヴォネガット『プレイヤー・ピアノ』は自動化による労働の空洞化を扱う。

ウォルター・M・ミラー・Jr.『黙示録3174年』やカート・ヴォネガット『猫のゆりかご』は、技術記憶、研究倫理、破局の反復を問題にしている。

科学技術は社会の外部にある発明ではなく、人類滅亡、合理化された暴力、管理社会、専門家責任に直結するものとして捉えられる。ディストピア成立期の国家的支配は、冷戦下で核戦略、軍事官僚制、自動報復システム、広告企業、消費社会へ広がった。

次の内面社会転回期では、こうした技術と構造の問題が、意識、言語、身体、性、知覚の内部へ移動する。

■ 6. 内面社会転回期

内面社会転回期は、1960年代から1970年代にかけて形成され、後年の作品にも継承されたニューウェーブSF、心理SF、言語SF、ジェンダーSF、精神医学批判、メディア批判が前景化した時期である。

アンソニー・バージェス『時計じかけのオレンジ』は治療技術と自由意志の関係を問い、フィリップ・K・ディック『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』は共感、記憶、身体、消費によって人間らしさの基準を揺さぶった。

ジョアンナ・ラス『フィメール・マン』、マージ・ピアシー『時間の果ての女』、『新世紀エヴァンゲリオン』、『エターナル・サンシャイン』、今敏『パプリカ』は、ジェンダー、精神医療、記憶、夢、トラウマ、他者との境界を結びつける。

SFの焦点は、外部宇宙や大型技術から、意識、記憶、性、言語、身体、知覚、社会的役割へ移る。冷戦技術倫理期が社会の枠組みや技術システムの暴走を問うたのに対し、この時期には主体そのものが規範や言語によって構成されることが問題になる。

次の情報資本支配期では、この内面化された問題がネットワーク、データ、企業権力、仮想空間の支配へ引き継がれる。

■ 7. 情報資本支配期

情報資本支配期は、1980年代から2000年代を中心とし、2010年代前半まで残響・拡張しながら、サイバーパンク、企業国家、ネットワーク、人工知能、仮想現実、身体改造、都市下層、監視、データ支配が中心課題になった時期である。

ウィリアム・ギブスン『ニューロマンサー』はサイバースペース、企業権力、AI、身体改造を結びつけ、リドリー・スコット『ブレードランナー』は記憶、寿命、感情を通じて人間と商品化された身体の境界を問う。

『攻殻機動隊』、『マトリックス』、『マイノリティ・リポート』、『電脳コイル』、『インセプション』は、身体、知覚、拡張現実、予測が情報技術の管理対象になる局面を主題化した。

国家に加えて企業、メディア、情報ネットワークが支配主体として現れ、自由はデータ、身体、アクセス権、アイデンティティの問題として扱われる。

内面社会転回期が意識と言語の構成性を問うたのに対し、この時期にはその構成がネットワーク資本主義の制度として外部化される。

次の多元正義再編期では、こうした支配構造への問いが、誰の未来が語られるのかという正義の問題へ広がる。

■ 8. 多元正義再編期

多元正義再編期は、1980年代半ば以降に先駆が現れ、1990年代から2010年代にかけて、ジェンダー、人種、植民地主義、障害、ケア、移民、環境、記憶、共同体、非西洋的未来像がSFの中心へ入った時期である。

マーガレット・アトウッド『侍女の物語』は生殖と国家による女性身体の管理を描き、ナンシー・クレス『スペインの乞食』やアンドリュー・ニコル『ガタカ』は能力差、遺伝子、分配、機会の問題を扱った。

カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』と伊藤計劃『ハーモニー』は、ケア、健康、身体管理が正義や公共善の名で個人を圧迫する構造を示す。

SFは単一の技術進歩史から、誰の未来が語られ、誰が排除され、誰が人間や市民として認められるのかを問う形式へ広がる。情報資本支配期が企業とデータの支配を強調したのに対し、この時期には身体、言語、歴史、土地、環境、文化的承認が正義の論点になる。

次の気候惑星危機期では、この正義の問題が地球環境、資源配分、世代間責任へ拡張される。

■ 9. 気候惑星危機期

気候惑星危機期は、2000年代以降、気候変動、資源枯渇、パンデミック、食料、水、都市災害、難民、環境崩壊がSFの重要主題になった時期である。

オクティヴィア・E・バトラー『種まきの寓話』は気候崩壊と企業都市、宗教的共同体、移動を結びつけ、マーガレット・アトウッド『オリクスとクレイク』やパオロ・バチガルピ『ねじまき少女』は生命、食料、企業支配、環境崩壊を扱う。

N・K・ジェミシン『第五の季節』とキム・スタンリー・ロビンソン『未来省』は、災害社会の差別、金融、暴力、世代間責任を思想実験へ拡張した。

未来は技術的拡張の場から、破綻した地球環境の中で誰が生き残り、誰が犠牲になり、誰が資源を配分するのかを問う場へ変わる。

多元正義再編期の正義の問いは、この時期に水、食料、住居、気候工学、環境リスク、未来世代への責任として具体化される。

次のAI人間観再編期では、環境危機と並行して、人間と機械の境界そのものが再定義される。

■ 10. AI人間観再編期

AI人間観再編期は、2010年代以降、生成AI、機械学習、ロボット、合成メディア、脳機械接続、データ人格、プラットフォーム統治がSFの中心課題となった時期である。

テッド・チャン「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」は人工知能を育てることと人格を認めることを扱い、『PSYCHO-PASS サイコパス』は心理数値化と、単純な機械AIには還元しにくい統治システムが、治安や司法判断の基盤になる社会を描く。

スパイク・ジョーンズ『her 世界でひとつの彼女』、『ブラック・ミラー』「Be Right Back」、カズオ・イシグロ『クララとお日さま』、コゴナダ『アフター・ヤン』は、親密性、データ人格、代替可能性、記憶、家族のあり方を通じて人間観を再編する。

AIは単なる道具や反乱する機械ではなく、人間社会が何を人間と認め、どの判断を機械に委ね、人格や責任をどう配分するのかを問う対象になる。

気候惑星危機期が生存条件と環境配分を問うのに対し、この時期は創造性、労働、感情、記憶、責任、本人性の境界を問い直す。

社会派サイエンスフィクション史はここで、技術倫理と人間存在論をもっとも直接に接続する段階に入る。

■ 締め

この時代区分の利点は、サイエンスフィクションを年代順の作品列に閉じず、社会が技術を通じて何を問い直してきたかの変化として読める点にある。

空想社会、産業技術、未来社会批評、ディストピア、冷戦倫理、内面、情報資本、多元正義、気候危機、AI人間観という流れを置くことで、各事例の位置づけが比較しやすくなる。

また、この区分は、後続の各期総論と個別事例の読解へ直接接続できる。時代区分は固定された年代表ではなく、5つの観点を各期の中で比較するための作業単位である。


次回:社会派サイエンスフィクション史の5つの観点


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