#4【ふいに現れる“お殿様” それが父】幼い日の記憶③
私にとって遠い存在の人
それが父
父に会うのは年に数回だけだ
少ないからこそ
幼い私にとってその存在はやけに大きくて
まるで“イベント”のように心に残っている
父はふらっと現れる
でも不思議とその日はわかっていた
なぜなら
その2、3日前から家の空気が変わるから
突然始まる大掃除
普段家事をしない母もこの日ばかりは大忙し
普段は見て見ぬふりをしている場所まで
ピカピカに磨かれ
冷蔵庫の中身はやたらと豪華になる
母と祖母の顔には緊張感が見られる
「あ、来るな」
子どもながらにそう感じていた
今思えばちょっと面白い
父本人より先に、“気配”の方が先にやってくる
のだから
でも当時の私は
その気配に少しだけ胸を高鳴らせていた
楽しみというより
“ちゃんとしないと”という緊張に近い感覚
たった年に数回なのに
その数日間のために家も心も整えられていく
それが嬉しかったのか
複雑な心境であったのか
正直今でもよくわからない
昭和を代表する高級車クラウンから
父は颯爽と降りてきた
片手にはやけにまぶしい金色のトロフィー
今思えば少し大げさで
思わず笑ってしまうような登場シーン
でもあの頃の私は
ただただ「すごい人が帰ってきた」と思っていた
迷いなく和室へ向かう
大音量で流れるテレビの野球中継
その前にどっしり座る姿は
どこか近づきがたい空気をまとっていた
祖母と母はまるで旅館の仲居さんのように
慌ただしくビールと料理を運んでいく
テーブルには
普段では考えられないような豪華な料理が
次から次へと並んでいった

その光景は
同じ家の中なのに、どこか別世界のようで
私は襖のほんのわずかな隙間から
じっとその様子を覗いていた
入ろうとすると、母に叱られるから…
母がお風呂に入った
その一瞬の隙を見計らって
私はこそっと父のいる和室に忍び込む
ちょこんと父の膝の上に座ってみたけれど
父は野球中継に夢中でこちらを見る気配もない
ただ同じ空間にいたかった
それだけなのに、なぜか少しだけ勇気がいった
遊びに連れて行ってもらったことはない
二人で出かけたこともない
これといって深い話をした記憶もない
ただ、年に数回現れる父
それでも
一度だけ家族4人で食事に行った日のことを
私は今でも鮮明に覚えている
バニーガールの衣装を着た
綺麗なお姉さんが接客してくれるステーキハウス

シャンデリアの柔らかい灯り
キラキラした空間
運ばれてくるお肉のいい匂い
小さな私には全部がまぶしすぎて
緊張して、でも少しだけ誇らしかった
「すごいところに来てる」
ただそれだけで胸がいっぱいだった
でもその記憶は
楽しい思い出というより
“たった一度だけの特別な日”として
心に残っている
父は私が高学年になる頃には現れなくなった
理由もわからないまま
母に聞く事も無く
子どもながらに聞いてはいけないことのような
気がしていた
そして再び会うのは
かなり先になる
大人になった私は
ようやく父と向き合う時間を
少しだけ持つようになった
そこで初めて
母との夫婦関係のことをぽつりぽつりと
聞くことになる
あの頃
何も知らずに見ていた景色の裏側にあった事情
子どもの頃にはわからなかったことが
大人になって少しずつほどけていく
それでも全部を理解できたわけじゃない
「だから仕方なかったよね」と
簡単に納得できるほど私は大人でもない!
そして今、80代後半になった父はというと
相変わらず驚くほどエネルギッシュで
「ワシはいつ死んでもいい
悔いのない、楽しい人生だった』
とニコッと笑う
父としてというよりも、ひとりの人間として
私は父を今だに観察している
子供の頃
どれほど母から父の悪口を聞かされても
心の奥に残っていたのは
理屈を超えた父への愛着で…
なんだかんだ言っても
私は父が好きなのだ
いつか、この私のnoteを
父に読んでもらおうと思っている
「ワシ、忙しいから
そんなもん読んでられへんわ」
と言いそうですが…
あの頃は遠く感じていた背中が
今は少しだけ近くなった気もする
最後に
誰かに会えない時間があるなら
その人のことを
必要以上に大きくしすぎなくていい
と思った
会えない時間も含めて
その人との“ちょうどいい距離”なんだと思えると
少しだけ心が楽になる
たくさんの時間を過ごしたことよりも
たった一度の記憶の方が
強く心に残ることもあるんだと
大切な人がいるなら
特別なことをする訳でもなく
「一緒に過ごした時間」を大切にしたい
その一つ一つが
きっと一生の良き思い出になるから

次回
#5 【隙のない祖母が初めて見せた『綻び』】幼い日の記憶④
【はじめてのnote】
【父の話】
【オバハンの独り言】
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