#63「声を殺して産んだ命」息子の話②
私には、大切な人がいる
それは一人息子
私の誕生日に
道ばたに咲く花を摘んで
「どうぞ」と手渡してくれる
そんな優しい幼稚園児だった
疲れ果てていたあの頃
お腹の中にいた息子の存在が
私にとって、唯一の救いだった
「家族」という言葉が
どこか遠いものに感じていた私にとって
彼ははじめて心から
家族と呼べる
かけがえのない存在
⸻
20歳の夏
私は、職場で破水をした
予定日から、13日も遅れていた
慌てて駐車場に向かい
焦りながらハンドルを握る
産婦人科に到着後
すぐに検査が始まった
かなりの量の破水
それなのに子宮口はまったく開いていない
陣痛もまだ来ていなかった
このままでは息子が危ないのではないか
不安だけがどんどん膨らんでいく
すぐに緊急入院の判断が下された
けど、入院準備をしたバッグは家にある
医師の制止を振り切り
私は再びハンドルを握った
急いで荷物を取りに戻り
そのまま、再び産婦人科へ向かう
あの頃は
自然分娩が一般的で
無痛分娩という選択肢など無い産婦人科
いわゆる自然分娩を主とする産婦人科
ベッドに横になると、ほどなくして
陣痛促進剤が打たれた
じわじわと、繰り返し襲ってくる
お腹の痛み
けれど
子宮口は一向に開かない
痛みだけが増してゆき
気が遠くなりそうになる
促進剤を打ってから
24時間が過ぎても
状況は変わらなかった
そしてとうとう
子宮口にバルーンを挿入することになった
しぼんだバルーンが入れられ
そこへ、少しずつ水が注がれていく
「メリ、メリ、メリ」
「ミシ、ミシ、ミシ」
自分の体の中から
聞いたことのない、嫌な音がした
その瞬間
陣痛を上回るような激しい痛みが走る
気を失ってしまうのではないかと
本気で思った

── その時なぜか
子どもの頃
祖母から聞かされた言葉が
ふと頭をよぎった
「出産の時に
声を出すような
情けない女になってはいけませんよ」
それが
忍耐を美徳とする時代の教えだったのか
体力を消耗しないための知恵だったのか
それとも、「血がのぼる」という
ただの迷信だったのか
今となっては、わからない
私はその言葉に縛られるように
込み上げる叫び声を
必死に押し殺し続けた

次回
#64 【48時間の果てに―産声のない誕生】息子の話③
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