甘利俊一先生の京都賞受賞をお祝いして ― 英文誌 New Generation Computing 記念特集号と、JSAI2026 企画セッション開催報告
現代AIの源流をつくった人が、現代AIに絵を描かせて自伝を語る
2026年6月11日、人工知能学会全国大会(JSAI2026・Gメッセ群馬)の4日目朝。B会場には朝9時から、オンラインも含めて100名近くの参加者が集まりました。
人工知能学会の英文誌 New Generation Computing(NGC) が主催した企画セッション「甘利俊一先生京都賞受賞記念特集号とニューラルネット研究の展望」。Zoomの画面に映った甘利俊一先生の講演タイトルは「幸運なるわが人生 ― 65年にわたる数理工学の研究を振り返って」でした。
開幕から、私はある一枚のスライドに目を奪われました。冒頭に置かれた「世界の七不思議」と「敗戦後の東京」を描いた挿絵 ―― これは、なんとChatGPTに描かせたものだと甘利先生はおっしゃるのです。現代AIの源流をつくった当人が、現代AIに絵を描かせて自伝を語る。この一枚に、このセッションのすべてが凝縮されていた気がします。

本稿では、このセッションの模様をお伝えするとともに、私たちがいま編纂を進めている記念特集号と、そのもととなる英文誌 NGC について、ぜひ皆さんに知っていただきたく筆を執りました。研究者の皆さんへの投稿のお誘いでもあります。
そもそも New Generation Computing とは
セッションの冒頭、編集長の市瀬龍太郎氏(東京科学大学)から、まず雑誌そのものの紹介がありました。会場で「NGCを聞いたことがある人は?」と尋ねると、手はまばら。正直なところ、まだ知名度が高いとは言えません。でも、知っていただきたい雑誌なのです。
New Generation Computing は、
約40年の歴史を持つ、由緒ある英文ジャーナル。2023年に人工知能学会の英文誌となりました。
現在は Springer Nature から出版。
インパクトファクター 2.8(2024年) と、この分野では高めの水準。
最初の査読判定まで平均107日(さらなる短縮に取り組んでいます)。
年間ダウンロード数は約99.8K。しっかり読まれている雑誌です。
学会誌『人工知能』2022年5月号の特集「論文誌のこれからを考える」に、NGCについて以下の記事が掲載されておりますので、もしよろしければぜひご覧ください。
学習・データマイニング・認知計算をはじめ、人工知能学会がカバーする幅広い分野を扱っています。そして見落とされがちな特典として ―― 学会員の方は、会員ページ経由でNGCの全論文を無料で閲覧できます。まだアクセスしたことがない方は、ぜひ一度のぞいてみてください。
甘利先生の京都賞受賞を記念した、国際特集号
私たちがいま力を入れているのが、甘利俊一先生の京都賞受賞を記念した特集号です。リードゲストエディターを務める島崎秀昭氏(京都大学)から、企画の狙いが語られました。
📣【JSAI2026 NGC企画】甘利俊一先生オンライン登壇
— H.SHIMAZAKI (@h_shimazaki) June 4, 2026
人工知能学会英文論文誌 New Generation Computing(NGC)誌では,甘利俊一先生の京都賞受賞を記念した特集号を企画しています…
甘利先生の業績を、日本国内にとどめず海外に向けて再発信し、次の世代へつなげる ―― これが最大の目的です。そのため、
海外からの著者を多数お招きし、
海外のエディターにも参画いただく国際的な編集体制
で進めています。甘利先生ご自身のお力添えもあり、講演にも登場した Michael A. Arbib 先生をはじめ、甘利先生の影響を受けた錚々たる研究者の方々に執筆参加いただいています。
招待講演①:甘利俊一先生「幸運なるわが人生」
甘利先生の講演は、戦後の焼け野原から始まる、研究人生そのものの物語でした。私なりに、3つの大きな波として受け止めました。
第一の波は、「四流の学問」だった数理工学との出会い。 東大で反戦運動に没頭して進学振り分けの成績が足りず、たどり着いたのが応用物理学科の数理コース。「学生定員5名に教授・助教授4名」という、当時は人気のない学科でした。「数学は純粋であるべきで、応用などは落ちこぼれの仕事」と蔑まれた時代。けれど、生き残りをかけて必死に学問をする先生方の「学問は自由だ、数理工学は対象ではなく方法だから何をやってもいい」という空気こそが、甘利先生の原点になったといいます。
第二の波は、九州大学でのパーセプトロン研究。 当時のニューロンは0/1モデルで、中間層をどう学習させるか誰も分からなかった。そこで甘利先生は「各ニューロンをアナログにすれば全体が連続になり、勾配を計算して重みを更新できる」と考えた ―― いまでいう確率的勾配降下法(SGD)、バックプロパゲーションの源流です。1968年の著書では、多層神経回路が線形分離不可能なパターンを識別できることまで示していました。数理脳科学に取り組めば「天空の学問だ」と揶揄されながら。
第三の波は、情報幾何学の創始。 神経細胞モデル研究に「飽きがきた」甘利先生は、こう考えます。「情報を広く見ると、シャノンの確率、検定論の解析、コンピュータの代数はあるのに、幾何学だけが伝わっていない。だから"情報の幾何学"と言うべきではないか」。確率分布の集まりを多様体として扱うこの発想は、英国の David Cox を動かし、Efron や Rao ら世界の統計学者を巻き込み、ついには Springer が専門誌を創刊するまでの一大分野へと育ちました。
そして現代AIへ。甘利先生は「深層回路網のパラメータ空間には、至るところに特異構造がある。これこそ本質ではないか」と語り、スケーリング則に頼るだけの風潮に「もっと本質的な理論があっていい。それができれば、財力で劣る日本でも世界に立ち向かえる」と檄を飛ばしました。
最後は、未来社会への静かな、しかし鋭い警鐘でした。
「AIが生産をすべて担い、人が能力に応じて働き必要に応じて受け取る ―― それは幸福でしょうか。これは人類の家畜化です。家畜は栄養ある餌をもらえるが、決して幸福ではない。働く苦しみと喜び、それを失えば人類の立ち枯れ、滅亡です」
研究者人生を振り返った甘利先生が若い世代に託したのは、「遊び心と、働く喜びをもとに、自己の可能性を最大限に開花させる文明をつくってほしい」という言葉でした。
招待講演②:唐木田亮氏「統計神経力学からつながる深層学習の現在」
続いて登壇した唐木田亮氏(産業技術総合研究所)は、甘利先生の研究系譜を継ぐ次世代の理論家です。修士時代に甘利先生の同期発火モデルを解析していた縁で、ポスターセッションで出会い、後日「甘利メモ」が手書きで届いたというエピソードから始まりました。
唐木田氏の講演は、甘利先生が1970年前後に創始した「統計神経力学」が、現代深層学習の最前線に一本の線でつながっていることを鮮やかに示すものでした。
巨大ネットワークを少数の巨視的変数に縮約する統計神経力学
→ スタンフォードやGoogle Brainによる信号伝播理論
→ 甘利先生との共同研究フィッシャー情報行列のヘシアン解析
→ NTK(Neural Tangent Kernel)レジーム、そして特徴学習を保つ μP
→ 甘利先生提案の自然勾配法と、PyTorch公式実装された二次最適化 Muon
→ 甘利先生考案の連想記憶から、モダンホップフィールド・Transformerの注意機構・拡散モデル・継続学習へ
現代のAIを支える技術の多くが、たどっていくと甘利理論に行き着く。「いろいろな問題を考えていくと、原理は常に甘利先生の神経回路網の数理にある」という唐木田氏の言葉に、会場が深くうなずいていたのが印象的でした。
対話:「なぜ甘利先生はノーベル賞を取らないのか」
セッション後半は、甘利先生を交えた対話の時間。AIがノーベル賞(2024年物理学賞)の対象になったいま、海外でも「バックプロパゲーションもホップフィールド型ネットワークも、甘利はずっと前にやっていた。なぜノーベル賞を取らないのか」が議論になっている ―― そんな話も飛び出しました。だからこそ、業績を世界に再発信する特集号に意味があると思います。
司会の島崎氏が「もし甘利先生が今、大学院生だったら、AIをやりますか、脳をやりますか」と尋ねると、
「難しい質問です。脳もAIも、どちらも難しい。ただ、数理脳科学と地上の脳研究はもっと結びついていく。それをAIが媒介するのではないか、という予感があります」
ニューラルネット研究の「ゴール」を問われては、「記憶、そして推論の仕組み、意識の仕組み。これらは脳科学を超えた、もっと広い枠組みで考えなければいけない」と。まなざしはまだ、未踏の先を見ていました。
唐木田氏の講演は、最後にこう締めくくられました。「改めて、甘利先生、京都賞受賞、誠におめでとうございました」。私たちオーガナイザー一同の気持ちも、まったく同じです。
おわりに ― 英文誌から、日本のAI研究を盛り上げたい
閉会の挨拶で、共同オーガナイザーの白川真一氏(横浜国立大学)はこう述べました。「甘利先生の影響が今に至るまで及んでいることを改めて実感した。英文誌の側からも、日本のAI研究を盛り上げる企画を続けていきたい」。
New Generation Computing は、日本発の研究を世界に届けるための、私たちの大切な舞台です。甘利先生が「四流の学問」から世界的分野を切り拓いたように、皆さんの研究もまた、思わぬ未来の源流になるかもしれません。
New Generation Computing への投稿を、心よりお待ちしています。
(文責:清田陽司/NGC副編集長・本企画セッション共同オーガナイザー)
