『弁天の導き』~20年笑われ続けた僕が、49歳で掴んだ全国大会への切符~
【簡単な自己紹介】
五條シンジと申します。
現在49歳。干支は巳年。
北海道でサーフィンの大会に出場し、ライバルたちと日々競い合う一方、札幌を舞台にした『Snowdrop Surfer』というビジネス小説も書いています。
各地のパワースポットを巡ることも趣味の一つです。
「49歳にもなって、何を目指してんだよ」と、ずっと笑われ続けてきた。
◇
その日の仕事を終えると、僕は急ぎ海へと車を走らせた。
翌々日に、サーフィン全国大会の北海道支部の予選を控えていたからだ。
はやる気持ちを抑えながら
一番近いサーフポイントを覗くが、
本州に記録的な大雨をもたらした台風6号の影響で、海は荒れていた。
強い風が吹きつける北海道の海の寒さは、およそ6月のものとは思えなかった。
予選当日にはサーフィンに適したサイズに波は落ち着くだろうが、
今このポイントで無理に練習をしても、疲労を残すだけのような気がした。
(風や大波を軽減しそうな海岸をいくつか見て、ダメなら諦めて帰ろう。)
そうして辿り着いたのが、予選会場である浜厚真海岸の手前にある
普段は波の立たない『弁天』という海岸だった。
地名の由来を調べてみると、
その昔、ここには大蛇の巣があったため弁財天を祀り、
龍神の力で災いを避けた土地なのだという。
駐車場に車は一台も止まっていない。
風は弱まっているが、波も小さそうに見えた。
だが少し待つと、サーフィンができるくらいの形の良い波が綺麗に入ってきた。
乗れそうだが、波が割れる位置が岸に近すぎるか、
でも、軽いターンならなんとかできそうな気もする、
しかし、試合前の大事な時期にボードを壊すわけにはいかない……
というのも、ここは二年前、僕が生まれて初めてサーフィン大会に出場する前日にも訪れた、“いわく”のある場所だった。
その日も台風の大波が届いており、
他の海岸が全滅する中でこの誰もいない『弁天』に辿り着いたのだった。
僕は、
「一人で練習ができる秘密の場所を見つけた」
と高揚し、
その日のサーフィンの調子も抜群に良かった。
だが、調子が良すぎたせいで足のつく浅瀬まで乗り続けてしまい、
玉石の敷き詰められた海岸で『サーフボードのフィンボックスを破損する』
という致命的な傷を負わせてしまった。
だから、このポイントの浅瀬は怖かった。
しかし、
「長く乗らず、一回だけ軽めにターンを入れて、日が落ちるまでの1時間だけ練習しよう」
と気持ちを切り替え、ボードを取り出した。
なぜかというと、
大会までにどうしても練習して身につけておきたい技があったからだ。
この数週間、ライバルのサーフィンをずっと観察してきた。
「いつも誰にでも明るく、心から尊敬できるライバル」である祐介の代名詞
─── 波の頂点に向かって急上昇し、鋭く板を返す大技『オフザリップ』。
あの鋭い動きを、大会までに自分のものにしておきたかった。
海に入ってみると、外から見ていた時よりも波の大きさを感じた。
波を待ち、一本目の波に乗る。
良い波だった。
スピードに乗ってボードを走らせ、波のめくれてくる一番際どい部分まで走り込む。
祐介の残像に重ねるように体を返すと、オフザリップが綺麗に決まった。
しかし次の瞬間、二年前のデジャブのような、あの玉石の浅瀬が目前に待ち受けていた。
悪夢が蘇る ─── 。
だが、すんでのところでボードへの加重をずらし、浅瀬への突っ込みを防ぎきった。
恐る恐るボードを確かめるが、傷はなかった。
冷や汗とともに、
スピードに乗ったオフザリップの確かな手応えだけが身体に残った。
ふと右の空を見上げると、丸い朧月がきれいに浮かんでいた。
頭に『月が綺麗ですね』という言葉が浮かぶ。
しかし、それを言う相手など特にはいない。
もし妻にメッセージでも送れば、
「ボードじゃなくて、頭でもぶつけたの?」
とそっけなく言われるだけだろう。
(だが、それがいい。むしろその返しがいい。)
その後も波に乗り続けた。とにかく調子がよかった。
まるで龍の背に乗せてもらったかのように、延々とスピードに乗ったターンが続く。
途中、一台の車が止まってこちらをじっと見ていたが、あまりの僕の調子の良さに圧倒されたのか、すぐに帰っていってしまった
(……か、どうかはわかりませんが。笑)。
帰りの車内で、この数ヶ月ずっとヘビロテしていた、緑黄色社会の『風に乗る』を聴いていると、
突然眼前に現れた夕日はかつてないほどに大きく、
まるで花札の「芒に月」のように妖艶なほど真っ赤な輝きを放っていた。
そしてなぜだか、
『弁天』というその地の名前が、ずっと気になっていた。
毎年、節目に参拝する東京のパワースポット『小網神社』もまた、弁天様を祀っており、蛇は弁天様の使いとされている。
そして自分の干支は巳年。
二年前、47歳でここを訪れた時は、まだサーフィンの試合なんて出たこともなかった。
48歳の年男を経て、49歳になった自分は、少しでも脱皮することができただろうか。

翌々日、予選当日
◇
勝手にライバル視している祐介の名前は、
僕のトーナメント表にはなかった。
その代わり、そこにあったのは、
全国大会の表彰台の常連であり、圧倒的な実力を持つ
『絶対王者・倉田選手』の名前だった。
強豪たちに揉まれながらも、僕は必死で決勝まで進んだ。
ファイナリストは山下選手、塩田選手、僕、そしてもちろん、
絶対王者である倉田選手が名を連ねた。
『山下選手』も全国大会の常連で、プロの大会にもアマチュア枠として選出されるほどの実力者だった。
全国大会へ進める切符が「上位2名」であるならば、
順当にいけば『倉田選手』と『山下選手』で決まりだろう。僕が入る隙などないように思えた。
決勝が始まると、予想通り自分以外の選手たちが次々と高得点を出し、
僕はじりじりと追い詰められていった。
「決勝ヒート、残り3分──」
非情なコールが響く。
その時点で自分は最下位の4位。
倉田選手、山下選手、塩田選手。
一本一本、彼らが良いライディングで高得点をたたき出すたび、自分とのスコア差が無情に開いていく。
2位の背中は、もう手の届かないところにあるように見えた。
残り2分を切った時、僕は半ば絶望しかけていた。
「お前は仕事もサーフィンもできねえんだな!」
と、かつて自分を激しく罵った上司の顔がよぎる。
「まだサーフィンなんかやってんの?」
「下手の横好き(笑)」。
そう20年間、周りから笑われ続けてきた言葉が、耳鳴りのように脳裏に響く。
本当に、僕は下手の横好きなのだろうか。
何を目指して、僕は20年も海に通い続けたのだろうか。
その瞬間、奇跡のような形の良い波が目の前に現れた。
だが、
左側からは絶対王者の倉田選手がプレッシャーをかけるようにこちらへ向かってくる。
引くわけにはいかない ─── 。
必死で波を掴み、テイクオフした。
頭に浮かんだのは、あの夕暮れの弁天の波、
そして祐介のオフザリップだった。
スピードに乗って、思い切り波の頂点へボードを駆け上がらせる。
身体が勝手に動いた。
今までの人生で一度も成功したことがないような、
激しく、大きなオフザリップが綺麗に決まった。
その直後、試合の終わりを告げるホーンが鳴り響いた。
4位か、3位か......
海から上がると、試合を見ていた祐介が満面の笑みで駆け寄ってきた。
「めっちゃよかったよ! 最後のオフザリップ、
あれ、もう一つ入れられてたら2位になってたよ!」
結果発表。
僕は山下選手を逆転し、3位に滑り込んでいた。
……しかし、あと一歩...。
最高のライディングができただけに悔しくて、僕は天を仰いだ。
噛み締めた唇を伝う海水が、
やけにしょっぱく感じられた。
だが、表彰式の最後に、予想もしなかったアナウンスがスピーカーから流れる。
「─── なお、今年は3枠の選出となりますので、3位の選手まで全国大会出場です!」
その瞬間、視界が滲み、
さっきとは違うしょっぱいものがもう一度、頬と唇を濡らした。
20年前、厳しい上司から罵られ、
友人からは「まだやってんの?」と笑われ続けた。
そんな僕が、
全国大会の切符を手にした。
二年前の自分に伝えたい。
あの日、足のつく浅瀬でフィンボックスを破損させた未熟な男は、
48歳の年男を経て、ほんの少しだけ硬い殻を破ることができたかもしれない。
弁天様に導かれたかどうかはわからない。
ただ、神様は努力し続けた者に、ほんの少しだけ微笑んでくれるような気がする。
全国大会まではあと2ヶ月。
あの日、弁天の帰り道に見た夕日の大きさを胸に、初の大舞台を全力で楽しんできます。

小説『Snowdrop Surfer』です。
ぜひ、一度ご覧いただけると嬉しいです!

