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一日置きの彼女 第4章「死因」後編

「殺したのは、私ではない私。」

「死因」④



冴子の日記を、もう一度読み返した。
最初に読んだときは、ただの妄想、あるいは逃避の産物と思っていた。
だが今、その一文一文が、別の意味を帯びて見えてくる。

──裕二さんは、今日も来てくれた。
──のぞみの好きな唐揚げを「うまい」って言ってくれた。
──この人とならやり直せるかもしれない。
──あの子がいなければ。

(殺意が芽生えたように見える。けれど……)
(この「裕二」が存在しないなら?)

「やり直す相手」も、「のぞみを疎ましく思った理由」も、虚構になる。
冴子が語る動機は、根底から崩れる。

(じゃあなぜ、冴子は「殺した」と言ったんだ?)

高山は警察の供述調書に目を通し直す。
冴子は一貫して、「私が殺した」と述べていた。
「恋人のために邪魔だった」と。

(でも、殺人はなかったかもしれない……いや、殺されたとしても、それは"のぞみ"ではない可能性も)

仮説が膨らむ。
のぞみは、冴子が目を離した隙に、誘拐されたのでは?
冴子は、その罪の意識に耐えかねて、「私が殺した」と信じ込んだのではないか。

自責によって、罪を背負い込んだ。
そして、供述の中に、自分自身を責めるための“恋人”を作った。

(もしそうなら……)

高山は立ち上がり、電車の窓の外を見た。
夕暮れの色が街を薄暗く染めていく。
視界の端に、人影が揺れた気がした。

(……のぞみは、生きているかもしれない)

その結論は、恐ろしくも希望だった。
世界が揺れる感覚のなかで、高山の心は何かに導かれ始めていた。

「死因」⑤




帰りの電車の窓に、暮れかけの街並みが流れていく。
駅を出て歩く頃には、ビルの隙間に夕日が落ちかけていた。
高山は、疲れた足取りで事務所に戻ると、まるで義務のように日記の断片をもう一度開いた。

裕二。
優しく微笑んだ。
彼がいたから、生きてこられた。
彼がいなくなっても──私は忘れない。

(存在しない……)

高山は椅子に背を預け、天井を見上げる。
今日訪れた弁当屋は、昔ながらの小さな店舗だった。
店主は「そんな男は知らない」と言った。
古い従業員名簿にも、常連客リストにも、裕二という名は見つからなかった。
それでも──冴子の日記のなかでは、裕二は確かに“存在”していた。

(それとも、俺が“存在しない男”なのか?)

ふと、そんな言葉が頭をよぎった瞬間、胸に冷たいものが走る。
まさか。
だが、高山の中である感覚が静かに芽生えていた。

冴子の語る“彼”は、冴子が創り出した幻想の可能性がある。
そうであるなら──裕二は、冴子が「誰かに責められること」から逃れるために必要な存在だったのか。

「娘を殺したのは、裕二のため」
「私をそうさせたのは、裕二」
そう語ることでしか、自分を保てなかったのではないか。

だが、それは逆に──
もし、裕二という存在が虚構であるなら、冴子自身がすべてを担っていたことになる。

高山の頭に、さらに別の疑念が走る。

(のぞみは──本当に、死んだのか?)

彼は確かに、書類上では「死亡」を確認している。
だが、記憶には何も残っていない。
遺体の様子、周囲の状況、冴子の反応──何一つ。

それは、あまりにも不自然だった。
書かれた記録があるにもかかわらず、脳がまるごと出来事を空白にしている。
まるで、それは「嘘の記憶」ではないかとすら思えるほどに。

(のぞみは生きているのでは?)

その考えがよぎった瞬間、高山は胸を押さえた。
心臓が一つ、大きく打った。

もしそうなら──冴子の罪は、何だったのか。
誰が、なぜ、娘を「死んだこと」にしたのか。
そして、自分は──何を見て、何を見逃してきたのか。

静まり返った事務所の空気のなかで、高山は深く息を吸い込んだ。
疑念は確信へと向かいつつあった。


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