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生理休暇なんか糞食らえと思ってのたれ死んだ話

以前勤めていた小さな会社には、生理休暇という「生理になったら休んでもいいよ」という、女性にとって神様みたいな制度があった。

当時の私は、中途入社で入った会社に入ったばかりの20歳。新卒入社1ヶ月でクビになり、半年のフリーター期間を経て、ようやく手にした「再就職の切符」を手にしたばかりだった。

無理をしたら、またリストラを受けるかも。

そう感じた私は、せっかく目の前に神様の切符があるというのに、その尻尾を掴むことができなかった。

体重39キロの生理は拷問


体重39キロの私にとって、生理は全身の血が奪われるような感覚に襲われる「事件」だった。そこそこどころか、鉛レベルで重い方だったけれど、休むのは絶対に嫌だった。

ここで休んだら「生理になるとしんどくなって休む人」というレッテルを貼られてしまう。

職場には、私よりずっと年上の男性が5人いる。全員が既婚で、子どももいる。彼らは奥さんの日常を知っている分、女性の「生理のしんどさ」をある程度はわかっているはずだ。そして、その「知っている」という事実が、私を余計に不安にさせる。

もし私が休暇申請を出したら、きっと心のどこかで「ああ、そういうことか」と分類されるはずだ。そんなふうに「わかったような顔」をされるのが、私はどうしようもなく嫌だ。

口に言い表すのが難しい「女性」ならではの恥ずかしさが、胸の奥でほつれかけた糸のように絡まる。

どうして女性だけが、月経を抱えて生きなければならないのだろうか。少し顔色が悪いだけで、トイレに駆け込むだけで、「ああ……」と察したような表情を向けられるのも、たまらなく嫌だ。

ポーチを持ち歩くときも、つい服の影に隠すようにしてしまう自分がいる。その仕草が、なんだか惨めで、情けなくて、ますます自分の存在を小さくしてしまう気がする。

本当は、もっと堂々としていたいのに。生理は女性の大切な営みであって、恥じる理由なんてどこにもないはずなのに。それでも私は、「生理休暇を使う=負け」だと、どこかで思い込んでいた。

まるで、痛みを黙ってやり過ごすことこそが正義で、我慢できる自分こそが「強い女性」だと信じ込んでいたのだ。

 結局、そんな「思い込みに近い価値観」に縛られ、自分の首を絞めていたのは、他でもない私自身だった。

突然の、生理休暇制度の廃止


「神様の尻尾に永遠なんかない」と知ったのは、ある年の春のことだ。いきなり「生理休暇制度」が、会社からたちまち消えたのだ。

私が「生理休暇」を一度も使わなかったからだろうか。それとも、予算の都合で切られたのか。あるいは「誰も使わないから、こんな制度は無駄だ」と判断されたのか。真相はわからない。

ただ、あまりにも出来すぎたタイミングに、胸の奥がチクリと痛んだことだけは、今でもはっきり覚えている。

その直後だった。いつもの生理が、過去最悪の勢いで私を襲ったのは。

子宮の奥で血液がぐるぐると渦を巻くような感覚に襲われ、私は思わずお腹を抱え込む。デスクに突っ伏し、冷や汗をにじませながら、事務所の隅でひとり蹲るしかなかった。

誰にも気づかれたくないのに、身体は容赦なく悲鳴を上げる。その静かな絶望感は妙に鮮明で、何十年経った今でも鮮明に覚えている。

上司たちは電話や打ち合わせで忙しく、誰もこちらを見ていない。まあ、私自身も「涼しい顔を極限まで意識して蹲る」という女優業に徹していたのが良くなかったんだけど。周りに苦しいことがバレなかったのが逆に救いだったような、惨めだったような。

あのとき、なぜ素直に「苦しい」と言えなかったのだろう。

「休みたい」と言えなかったのだろう。

考えてみれば、生理だけではなかった。

好きな人には「好き」と言えず、結局いつも積極的な女性に持っていかれ、片思いはいつも報われない。婚活も長引き、結婚まで10年以上かかった。

人を頼る強さを持つこと


自分でも呆れるほど、人生を遠回りしてきた。

40を過ぎて、生理痛はだいぶ軽くなった。恥じらいも減った。仕事はフリーランスになり、関わる人はほぼ家族だけになった。今の夫には、もう四球など投げない。火の玉ストレートを、遠慮なくぶつけるようになった。

生理とも、ずいぶん上手く付き合えるようになった。あの頃の私は、生理休暇を「使うのが負け」だと思い込んで、結局一番惨めな負け方をした。のたれ死ぬようにして。

でも今なら、はっきり言える。
苦しいときは、苦しいと言っていい。
休みたいときは、休んでいい。

人を頼れること――それは、自分の弱さを認める勇気であり、誰かに信頼を差し出せるということ。

それまでの私は、一人で抱え込んで、歯を食いしばって、耐えることこそが強さだと信じていた。

けれども「頼る」ということは、誰よりも強い人間だけができる、静かな強さの裏返しなのかもしれない。

この記事を書いたひと: みくまゆたん

作家・エンタメ雑食系ライター。インプレス NextPublishing 『書く人生のはじめかた 文章力より大切な“書き続ける”ための心構え』発売中。婚活経験を元に、大手メディアや出版社などで執筆中

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