わたし、ハンコに昇進しました
わたしの人差し指が、二十数万円を承認した。
所要、五秒。本人は、その五秒を憶えていない。
本日の業務実績を発表する。承認、三十一回。以上である。
指が、仕事をした。わたしは、していない。
断っておく。この状況を作ったのは、わたしである。
数か月前、部署にAIエージェントを入れた。
企画書を書き、手を挙げ、通した。
課の業務を三十七に割り、渡すもの、渡さないもの、様子見に仕分けた。
線を引いたのは、わたしの手である。
段取りを組み、下書きを書き、勝手に進めて、最後だけ訊いてくる。
「実行してよろしいですか」。
人間を輪っかの中に置く、という設計思想である。
要所に人間をひとり立たせ、機械が道を間違えたときに引き戻す。
輪っかの位置を決めたのも、わたしだ。
設計図の上では、そうなっている。実物は、人差し指一本である。
最初の一週間は、天国だった。
朝、段取り表ができている。
深夜残業を厭わぬ、文句ひとつ言わぬ、有給を取らぬエース。
ただ、こいつには缶コーヒーが渡せない。
労いの手段が、承認ボタンしかないのである。
自分が引いた線の上を仕事が走る。
十数年勤めて、いちばん設計者らしい一週間だった。
と、思っていた時期が、わたしにもありました。
二週目、自分の指を観測して、ぞっとした。
一件目、熟読に四分。
十件目、流し読みで四十秒。
二十件目、件名だけ見て五秒。
三十一件目は、通知が来た瞬間に押していた。反射である。
「確認しました」が「見ました」になり、「視界に入りました」になり、最終形態「通過しました」に進化した。
確認の、羽化である。逆やけど。
新人のころ、稟議書の印影が一ミリ曲がっただけで押し直させられた。
「曲がってると、読めへんやろ」。
読めていた。読めていたが、押し直した。
回覧板の判子も、四つ目から全員シャチハタの早押しだった。
道具は最新、事故は江戸時代から続演中である。人間の指、進歩してへん。
話を戻す。
ハンコは、押すほど軽くなる通貨である。
一日三十一回発行される通貨に、価値は宿らない。
刷りすぎた紙幣である。
三週目、刷りすぎのツケが来た。冒頭の五秒である。
エージェントが客先向けの見積に、改定前の価格表を引いてきた。
差額、二十数万円。押したのは九時十四分。コーヒーがまだ熱かった。
客先に出る寸前、松井さんが気づいて止めた。
小火で済んだ。消したのは、わたしではない。
ここで重要な検証結果をひとつ。社内の台帳に「AIが間違えた」という欄は、ない。
あるのは「承認者」の欄だけである。
エージェントは間違える。だが謝らない。
謝るのは、輪っかの中の人間である。
その欄を作れと書いたのは、わたしの企画書だった。
ラボなので、死因を解剖する。
仮説:わたしが怠慢だった。
半分正解、半分ちがう。
渡す側の線引きは三十七項目まで詰めたのに、受け取る側の関所は一種類だった。
全部同じ幅で、全部止める。
三十一件を全件熟読するには、毎日二時間が要る。
最初から成立しない設計だった。
怠慢は個人の罪だが、連打は構造の罪である。
金曜、松井さんが、客先文面を出す前に承認を待っていた。
急ぎやろ、先に出してええで。
言いかけたわたしに、松井さんが言った。
「課長の承認が付いてると、客先に出すとき、こわくないんです」
手が、止まった。
松井さんは以前、客先トラブルを三週間ひとりで抱えた人である。
その人が、こわくない、と言った。
わたしの承認は、品質チェックではなかったのだ。
「何かあったら、わたしが前に出て謝る」という署名だった。
手形の裏書きと同じで、裏書きがあるから、その紙は怖くなくなる。
承認とは、検品ではない。裏書きである。
裏書きは、三十一回もできるものではない。
三十一回署名した人間は、何かあった日に三十一回謝る。喉が保たない。
週末、設計図を引き直した。
関所に段差をつける。
取り返しのつくものは事後報告へ。
外に出るもの、金額が動くもの、後戻りできないもの。
この三つだけ、止まる。関所では四分かける。
ハンコは、押す回数が減るほど、重くなる。
本日の業務実績を、再発表する。
承認、九回。熟読、九回。裏書き、九件。
所要、四十一分。うち一件、差し戻し。
先ほど、通知が来た。
「承認が二件、滞留しています」
機械に、督促されている。ハンコの分際で。
その督促を出せと設定したのは、わたしである。
自分で線を引き、自分で関所を建て、自分で自分に催促状を出す。
ハンコは、わたしのほうでした。
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次はこれ。
