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AIを使いこなせていない第一位は、わたしの役職だった

AIを使いこなせていない第一位は、わたしの役職だった

スマホが、わたしを名指しした。

朝のドトールである。コーヒーを一口すすりながら、AI関連のニュースを眺めていた。管理職千人に訊いたという調査記事が流れてきた。いわく、生成AIを使いこなせていない層、堂々の第一位。

課長・リーダー職。

わたしは、課長である。

コーヒーが、変な穴に入った。

むせながら、記事を二度読んだ。読み直したら第一位が変わっているかもしれないという、謎の祈りである。変わるか。調査やぞ。
三度目は、回答者の内訳を疑った。千人て、どこの千人や。偏ってへんか。うちの会社は入ってへんやろ。入っていたとしても、わたしは回答してへん。つまりこの第一位に、わたしは含まれていない。

論理が、出社拒否を起こしている。

いや、待ってほしい。わたしはAIを使っている。毎日使っている。議事録も要約も任せている。部署のAI活用を推進する側の人間である。使いこなせていない側に計上される筋合いは、ない。

と、思っていた時期が、わたしにもありました。

この記事は三十分後、過去のわたしになる。

ラボなので、検証する。
仮説:わたしは「使いこなせている側」である。
検証方法:自分のAIへの指示履歴を、直近一か月ぶん監査する。

証拠は、ぜんぶ残っている。デジタルの帳簿は、記憶力が皆無のわたしの脳と違って忘れてくれないのである。

監査結果を発表する。

「要約して」、三十八回。
「丁寧な文面にして」、二十二回。
「表にして」、十一回。

段取りごと任せた回数、ゼロ。
ゼロ。推進担当が、ゼロ。看板に偽りしかない。

監査では、余罪も出た。履歴の中に「もっと良い感じにして」という指示が、九回あった。良い感じ。世界一ふわっとした発注である。
これを受けて何か出してくるAIのほうが、発注したわたしより仕事ができる。
さらに「さっきの、やっぱり最初のやつで」が六回。
お前は服屋の試着室か。
極めつけは、AIの出力に対して「ありがとう、助かった」と礼まで言っていた。礼儀は、ええねん。使い方を覚え。

わたしはAIを、秘書として使っているつもりだった。履歴が示す実態は、ちがう。電子レンジである。出来合いのものを温め直す専用機。あたため、五百ワット、一分。それを千回繰り返して、「料理してます」という顔をしていた。台所に立て。スパイスから作れとは言わん。せめて、切れ。

一方、部下の佐藤さんは、AIに来週の段取りごと預けて、上がってきた計画を赤ペンで検品していた。わたしが「丁寧な文面にして」と頼んでいる横で、である。レンジと、厨房。同じ建物で、やっている競技がちがう。

なぜ、こうなるのか。

最初に思いついた死因はこうだ。課長は忙しい。覚える時間がない。

主語、大きすぎへんか。あと、それは死因やなくて言い訳や。忙しいのは佐藤さんも同じである。却下。

次の死因候補。世代の問題。

却下。うちの部署でいちばん新しいAIの使い方をしているのは、六十五歳の大塚さんである。
先週も、新顔のAIに質問を浴びせて遊んでいた。週四勤務の人が、週五のわたしより新しい道具に詳しい。出勤日数と習熟は比例しないという実験データが、給湯室の前の席に座っている。世代論は、大塚さんの好奇心の前で全滅する。

三日考えて、本当の死因にたどり着いた。

課長は、「わからない」と言う練習を、十数年サボった人のことである。

新人は毎日「わかりません」と言う。言わないと死ぬからだ。ところが役職が上がるたび、「わからない」の値段が高騰していく。
課長が会議で「わかりません」と言えば、場が凍る。だから言わない。訊かない。わかった顔の在庫だけが、倉庫に積み上がっていく。

AIの習得は、その逆をやらされる。下手なプロンプトを書き、変な答えを食らい、「ちゃうねん」とやり直す。つまり、下手を晒す工程が必須なのである。「わからない」を封印した人間が、いちばん苦手な工程だ。

スキルの問題やなかった。プライドの在庫問題だった。

観念して、わたしは缶コーヒーを二本買った。相談の儀式である。十数年やってきたこの儀式を、部下に対して発動する日が来るとは思っていなかった。佐藤さんの席に行き、二本のうち一本を置いて、言った。

「段取りごと任せるやつ、教えて」

教わった。ものの十五分だった。

正確に申告すると、十五分のうち最初の五分、わたしは「なるほどね」を四回言った。一ミリもなるほどではなかった。わかった顔の禁断症状である。塀を越えに来た現場で、塀を建て増ししてどうする。六分目に観念して「ごめん、いまのもっぺん」と言った。世界は、滅びなかった。佐藤さんは普通に、もっぺん説明してくれた。それだけのことに、十数年かかった。

十五分。わたしが守ってきたわかった顔は、十五分ぶんの講習で越えられる高さの塀だったのである。十数年、何を警備しとってん。

帰り際、佐藤さんが言った。

「課長が訊いてくれると、こっちも訊きやすくなるんですよね」

手が、止まった。

佐藤さんはAIへの理解が速い。けれど速い人は速い人で、「いまさらこんなことを訊けない」の塀を、別の高さで持っていたのだ。

わたしが下手を晒すたび、この部署の「わからない」が、値下がりする。

逆もまた然りである。わたしがわかった顔をするたび、部署中の「わからない」が、こっそり値上がりしていたのだ。十数年ぶん。利息つきで。

本日の検証結果。
使いこなせていない第一位の正体は、スキルの欠乏にあらず。「わからない」の価格が、役職手当と連動して高騰しただけである。
対策は研修ではない。値下げである。

翌日、教わった技で来週の段取り表を出したら、部長に呼ばれた。叱られるのかと思ったら、部長は声を落として、こう言った。

「それ、どうやるんや。ガッとやるやつか」

擬音である。だが、訊いてきた。

わたしは缶コーヒーを二本買いに走った。今度は、教える側の儀式である。

使いこなせていない管理職、第一位の座。
当課では現在、部長と二人で、熾烈な返上争いをしている。

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