エッセイ「大一大万大吉」
※この記事は、山下さんの「長尾景虎」の記事を読んで書きました。義に生きた男を、美談のままでは終わらせず、その裏の冷徹な計算まで書き切ったあの文章がずっと頭から離れなくて、私も自分の好きな武将で同じことをやってみたくなったんです。文体も構えも、正直かなり寄せています。真似というより、敬意です。先に山下さんの記事を読んでいただいたほうが、この先も面白く読めると思います。
男なら好きな戦国武将のひとりやふたりはいると思うんだけど、私は石田三成だね。関ヶ原で負けた、あの男だよ。
入口を正直に言えばゲームだね。戦国無双の三成に、まずやられた。それから大河が好きになって、真田丸の三成にもやられた。だから私の三成像には、そもそも創作の色がしっかり乗っている。それは自覚しているんです。
人気投票をやったら、まず上位には来ないでしょうよ。狸に負けた官僚、そばかす面の嫌われ者、人望がなかった男。江戸の世が三百年かけて塗り重ねた評価だからね、そう簡単には剥がれない。実際あの人は、関ヶ原の前年に、味方だったはずの豊臣の武将たちに屋敷を襲われている。敵ではなく、同僚に命を狙われるわけだ。
ところがね、当時の世間の評価はそんなに低くない。「三成に過ぎたるものが二つあり、島の左近と佐和山の城」という落首が残っている。道端の落書きみたいなものだよ。三成には不釣り合いなくらい立派なものが二つある、という揶揄なんだけど、裏を返せば、あの男が抱えていたものは世間から見てそれほど大したものだったということなんだ。
その一つ、島左近の話がいいんですよ。すでに歴戦の名将として鳴っていた左近を家臣に迎えるにあたって、三成は自分の禄四万石のうち、半分の二万石を与えたと伝わっている。半分だよ。家臣に自分と同じ額を渡す主君なんて、聞いたことがないね。
もう一つの佐和山城のほうも面白い。落城のあと城内に入った者が、天下に名高い名城のはずが壁は粗壁のまま、内装もひどく質素で驚いたという話が残っている。人には半分を渡して、自分の住処には金をかけない男だったわけだ。
柿の逸話も好きだね。六条河原で首を刎ねられる直前、差し出された柿を三成は断った。腹を壊すから、と。周りは笑ったでしょうよ、これから死ぬ男が腹の心配をするのかと。それに対してあの人はこう言ったと伝わっている。大志を抱く者は、首を刎ねられるその瞬間まで命を大切にし、本望を達成しようとするものだ、とね。
そして旗印が「大一大万大吉」だ。一人が万民のために尽くし、万民が一人のために尽くせば、天下はみな幸せになれる。現代の言葉で言えば、One for all, All for one。血で血を洗う下剋上の時代に、この旗を堂々と掲げていたわけだ。私はこの言葉が本当に好きなんです。考え方が好きなんだよ。
と、まあ、ここまでならただの美談だね。理想に殉じた不器用な男の英雄譚だ。だけど私は、三成という人を「損な役回りを引いた善人」だとは到底思わないね。
あの人の「義」の裏には、極めて冷静な計算があったんですよ。
そもそも三成は、槍の名で身を立てた武将じゃない。検地をやり、兵糧と船を回し、数字と紙で天下を動かした人だ。小田原でも朝鮮でも、あの人の仕事は後方にあった。ということはね、あの人には決定的に欠けているものがあったわけだ。戦場での名前と、軍を実際に動かす技術だよ。
そこへ島左近だ。二万石は破格だけれども、自分に一生手に入らないものを丸ごと買えるなら、あれは高い買い物ではないんだよ。むしろ安い。三成は、自分の欠落を誰よりも正確に把握していた男なんです。
「大一大万大吉」もそうだね。あれは美しい理想だけれども、同時にどう見ても旗なんですよ。豊臣という寄り合い所帯を一つに束ねるための、これ以上ないほど上手い大義名分だ。私利私欲ではないと掲げた瞬間、それに反対する者は私利私欲の側に立たされる。政治として、実に強い。
そしてね、あの人が回していた検地という仕事は、要するに誰かの取り分を正確に削る仕事なんだよ。ごまかしを許さない、例外を認めない、身分で融通しない。万民のためには間違いなく正しい。だけど削られた側からすれば、目の前にいる嫌な男が自分の懐に手を突っ込んできているだけだ。朝鮮で泥をかぶって血を流してきた武将たちにしてみれば、その報告を書いて評価を左右したのが、後方で紙を扱っていた男だった。だから屋敷を襲われる。あれは人望の問題というより、構造の問題なんです。
つまりね、私が思うのはこうなんだ。「一人が万民のために尽くす」というのは、制度で作れる。検地でも法でも兵站でも、仕組みを整えれば実現できる。三成はその天才だった。だけど「万民が一人のために尽くす」のほうは、制度では絶対に作れないんだよ。あれは情でしか動かない。損得の外にあるものだからね。
三成は、あの旗の前半を誰よりも見事に実現して、後半をまるごと持っていなかった。だから正しさが人を削り、削られた人に殺された。私はそう読んでいる。
ただね、後半がまったく実現しなかったとも思わないんです。
大谷吉継との茶会の話があるでしょう。病を得ていた吉継の膿が茶碗に落ちたのを、三成は何も言わずにその茶を飲み干したと伝わっている。史実としては眉唾ものだよ。だけど吉継は、関ヶ原で勝ち目のない側に残った。左近も残って、あの戦場で死んだ。損得だけなら、二人とも残る理由がないんだよ。
万民は、ついに一人のために尽くさなかった。だけど数人は尽くしたんです。天下では成立しなかった旗が、たった数人の間では成立した。私は、そこがいちばん熱いと思っているんだ。
それでね、私が彼をずっと「治部少輔」と呼ばないのにも理由がある。あれは役職名だからね。役職で呼んでしまうと、どうしてもあの人を官僚の枠に押し込めてしまう気がするんだよ。だから私は、石田三成と名前で呼ぶ。
近江の話をして終わろうかね。三成は近江の坂田郡、今の長浜の生まれだ。あの辺りに七本鎗という酒がある。賤ヶ岳の七本槍にちなんだ名前でね、その七人のうち二人、加藤清正と福島正則は、後年に三成の屋敷を襲った側の武将ですよ。近江の酒に、あの人を追い詰めた男たちの名が残っているわけだ。歴史というのは、こういう皮肉を平気でやるね。
その七本鎗を注いで、削られた側と削った側の両方を思いながら飲むのが、私は好きなんです。そして柿を食べる。あの人が最後に断ったものを、私はゆっくり食べるんだよ。腹を壊す心配のいらない世に、私たちは一応たどり着いたわけだからね。
次に好きなのは真田信繁だけど、勝ち目のない側に最後まで残った男の話は、また別の日にしましょうかね。
了
私は【職種・肩書き】として、日々【対象・現場】と向き合っています。アドラー心理学を十三年、机の上ではなく現場で実践してきました。正しさが人を削るという話を書いたのは、たぶんそれを何度も見てきたからです。
石田三成が掲げた「一人が万民のために、万民が一人のために」は、アドラーの言う共同体感覚とほとんど同じことを言っています。四百年前の近江の男と、百年前のウィーンの医師が、同じ場所に手を伸ばしていた。そう思うと、私はこの旗印を手放せなくなるんです。
あなたの好きな武将は、誰ですか。よかったらコメントで教えてください。
そして今回のきっかけをくれた山下さんに、あらためて感謝を。長尾景虎の記事を読んでいなければ、私はこの文体で三成を書こうとは思いませんでした。
kirinoha

HONOさんに作ってもらったちびキャラ
左側のおっさん誰www

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