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妄想日報 8月19日「皇女和宮」

8:48出勤。
「婚活」中のテルさんは、とかく恋のアレコレについて自省、省察、探究中。その点、社内でいっとう年若のアヤさんとも話が合うのが常らしく、本日も二人で「恋バナ」かましてキャッキャとはしゃぐ。
「でもさー。なんで、どーでもいいヒトからはモテて、ホントに好きなヒトからはモテないんだろうねー?」と、乙女やらかしているテルさんと「ふんふんふん。そっかそっかあ」と、優しくハナシを聞くお兄たんのようなアヤさん。
「アレさあ、結局、自分が好きな相手だと舞い上がっちゃって、相手から見たらナアンカ不自然に映っちゃったりすんのかなあって」と自戒するテルさんと
「あー。テルさん、なりそう!張り切って空回りするギャグとか言って『キモっ!』て思われてそうですもん」と非情なアヤさん。
挙句の果てに、ウチの課のなみいる剛腕のお姉様がたに対し「果たして、イマの旦那様は一番好きなお相手だったのか?」を尋ねてまわるテルさんの恐れ知らずな振る舞い。しぜん相手にされるワケもなく、眉間に縦ジワ刻んだユミさんからは「なにその質問⁈キモチ悪っ」と一蹴されるテイタラク。
そんな年甲斐もなく青々としたテルさんの前に、アニキぶん的な苦笑とともに現れたのが総務の勝(かつ)課長。「アニキ!海舟ニキ!」とでも言ってすがりつきたげな、寄る辺なき弟ぶんのテルさんの肩を叩いた勝課長
「そうさな。その点ぢゃあ、ちよっと皇女様、和宮(かずのみや)様くらい健気な人は他に知らないナ。和宮は幼くして、有栖川宮熾仁(たるひと)さまとご許嫁になられたそうナ。11歳、トオばかしも上の宮様をお兄上のように慕って育ったとサ。
ところが、徳川幕府の評判が悪いようになると『公武合体』の政策ってっテ、幕府のほうで朝廷との親密さを演出しようなんて運びンなる。そのために、和宮は許嫁とのご縁を破談にし、徳川14代将軍の家茂(いえもち)様に嫁がされることになっタ。
もちろん当初は強く反対なすった。が、お兄君の孝明天皇のお苦しみんなるお姿を前に、泣く泣くお輿入れなすったんだヨ。ご自分が犠牲になってネ」
と、まさしく悲恋をフスマいっぱい絵に描いたようなお話。テルさんとアヤさんと三人で思わず胸を打たれる。そんな課長の「海舟語録」はなおつづき
「ただ、和宮の健気なのはこっからだ。嫁ぎ先の江戸城では、夫の家茂と二人、互いにお支え合ってそれはもう仲睦まじく暮らしたそうな。家茂が将軍として長州の征伐に出かけるたびに、心を尽くしてお百度を踏んでネ。
ところが、三度目の討伐のおり、家茂は大阪城で病に倒れ還らぬ人となっタ。和宮へのお土産としてご用意されていた西陣織だけが江戸へ戻ってきた。そいつを抱きしめ『…綾も錦も君ありてこそ』ソウ詠んで和宮は泣いたそうだヨ。
そののちは、ただただ徳川家を取り潰させぬため、お家存続のためだけに働き、かつて自らのあッた朝廷を向こうにまわしご嘆願を続けたんだ。徳川をもろともに討タンとする新政府軍の、なんの因果か、かつての許嫁であった有栖川宮さまの矢面に立つように、ご嘆願を続けたんだヨ」
テルさんが目をウルウルさせ、アヤさんがいまにも泣き出しそうな顔をして腕組みする勝課長を見つめる。
そのとき、突然しゃくりあげる声が響き、振り向けば頬を濡らしたユミさんが
「わたしもね、いまの旦那さん、二番目に好きだった人なの!でも、そういうんじゃない。日々なんだよ!イマは一緒になって良かったって思う。心から思うよ!」
と、ぎゃん泣きして言った。
半径2メートル内の皆がいっせいに顔を赤らめオドオドするなか、腕組みをつづける勝課長だけが恋の敏腕コーチのようにうんうん深くうなずいていた。

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