まいこ、社会人になる! ユカとの終わりの始まり 42
父の葬儀も終えた翌日は、日曜日でした。
「父が新幹線のホームで倒れた」と、連絡を受けた日から、怒涛のような毎日でした。
明日から、会社に復帰します。
今まで、どんな日常を送っていたのか思い出せない訳ではないですが、父がいなくなってしまった日常がこれから始まるんだと思ったら、怖くなりました。
私がこんなに、ネガティブな感情になっていても、姪の千鶴は、日々成長していきます。
お葬式の夜、千鶴はつかまり立ちから、伝い歩きが出来るようになりました…。
それを目撃した私たちは、みんなで、
「わぁ、すごーい!伝い歩きした!」
と、歓声を上げました。
その一瞬だけ、父の死を忘れましたが、
すぐ口々に、
「お父さんに見せたかったな」
とか、
「お父さん、見ているかな?」
とか言って、また父へ思いを馳せました。
あぁ、これから私たちは何かある度に、
「お父さんに見せたい」
「お父さんに話したい」
「お父さんの声が聞きたい」
などなど、いろんなままならない思いを抱いて生きていくんだと、思いました。
今までも千鶴は我が家のアイドルだったけれど、これからはより一層、私たちにとって、千鶴は救いの存在になるんだと思いました。
父の死と、これから日々成長していく千鶴は、対極の存在です。
こんな小さな赤ちゃんが、すごいパワーを持っていて、私たちを癒してくれるんだ!
千鶴がいてくれて、本当によかった。
お父さん、千鶴を守ってやってね!
千鶴が私たち家族の希望だから…。
あぁ、明日から会社です。
私のメンタルは持つのだろうか…。
そんな悩んでいる私に、姉(次女)が、
「私、職場に迷惑かけたから、お菓子買って持っていこうと思うんだけど、まいこも一緒に買いに行く?」
と、声を掛けてくれました。
「社会人って、そうなんだね。
嫌いな職場だけど、出来ることはちゃんとしよう!」
と、私は思い、
「ありがとう。
私も持っていくわ」
と言って、姉(次女)のクルマに乗せてもらい、お菓子を買いに行きました。
「あぁ、また明日から仕事かぁ。
早起きしてお弁当作らないとね」
と、姉(次女)に言いました。
ここ2ヶ月ほど、月1万円を姉(次女)からお弁当を作った報酬としていただくようになっていました。
まぁ、材料費は家のお金ですが。
するとクルマを運転している姉(次女)は、
「あ、考えたんやけど、私ら同じ父親を亡くした可哀想な子たちやん。
これからは助け合わなあかんから、あんたにお金を払わんと、家に入れるお金を増やすことにしたから、あんたも、家に入れるお金の額、増やしな」
と、言いました。
「じゃあ、もうお姉ちゃんのお弁当は作らんでええんやね?」
と、私は言いました。
「なんで、自分の分作るんやったら、ついでやん!
言ったやん、私ら父親がいない可哀想な姉妹やねんから、助け合わないとって」
いや、待ってよ!
私なんの得もないやん!
1万円失って、家に入れるお金を増やすん?
ただでさえ給料安いのに。
姉(次女)からの1万円が減って、さらに家に入れるお金を1万円増やすの?
えぇ、マイナス2万円やん…。
「ここで文句を言ったら、倍以上なんか言われるんだろう」
と、思って
「わかった」
と答えました…。
夜になりました。
これからは毎晩家族みんなで、般若心経のお経をあげることにしました。
お義兄ちゃんをリーダーにして、私たちは父のために、とってもたどたどしい般若心経をあげました。
父に届いていたらいいなぁ。
月曜日、会社に行きました。
まるまる1週間振りの会社です。
グループ員1人1人にお菓子を配って、
休んだお詫びと、お通夜に来てくださったお礼をあわせて言いました。
もうすぐ辞めちゃう寺地さんには、違う言葉にしました。
「寺地さん、お通夜来て下さってありがとうございます。
もうすぐ辞めちゃうのに、みんなと来て気まずくなかったですか?」
と。
すると、寺地さんは私の言葉に、びっくりしながらも、
「あんなぁ、大人なんですから、そのぐらい平気。
ちゃんとするよ!」
と、笑って答えてくれました…。
あー、寺地さんとのこんなやり取りも、もうあとちょっとで出来なくなるんだ。
寂しいなぁ。
哀しいなぁ。
私、やっていけるのかしら?
森山グループリーダーに呼ばれました。
「あんなぁ、きりきりさん。
忌引って、3日間だけやねん。
きりきりさん、5日休んだやん。
有給休暇、1日しかなかったから、1日欠勤になるんやけど…」
わぁ、世知辛い世の中…。
だと言って、お通夜までの間に1日だけでも出勤なんて、絶対メンタル的に出来なかった。
いいよ、別に欠勤になろうが、これでクビになろうが…。
まぁ、お父さんのことで会社辞めちゃったら、お父さんは悲しむだろうけど…。
そして、森山グループリーダーは続けて言いました。
「ちょっと、網野さんに相談してみたら?」
と。
網野さん?
総務じゃなくて、網野さん?
私は、不思議に思いながら、
「じゃあ、網野さんのところに行ってきます」
と言って、網野さんのいる2階に行きました。
「網野さん、ちょっとご相談がありまして…」
と、網野さんに声をかけると、
「あ、はぁい」
と言いながら、出てきてくれました。
そして、
「階段のところで話そっか!」
と、階段のところに2人で向かいました。
階段の手すりにもたれながら、私は網野さんに言いました。
「網野さん、あのね。
私、父のことで、先週1週間まるまる休んじゃったんですが、忌引って、3日間しかなくて、私有給休暇も1日しかなかったんですね。
7月に体調不良で1日休んじゃったんで。
だから、1日、欠勤になっちゃったんですが、森山さんが
『網野さんに相談してみたら?』
って言って下さって、網野さんのところに来たんですが、どうにか、出来るもんなんですか?
欠勤なら、欠勤でしょうがないと思ってるんですが」
と、私は素直な気持ちで網野さんに言いました。
「うーん。
欠勤があったらね、ボーナスの評価が悪くなるよ」
と、網野さんは言いました。
「でも、仕方ないですよね…。」
私がそう言うと、網野さんは、
「その1日、生理休暇にしたらいいやん。
生理休暇の届けを出し。」
そ、そんな技があったのかぁ!
「『父のことがショックすぎて、急に始まっちゃって』って言えばいいのよ!」
え?待って、待って!
そんな恥ずかしいことを誰に伝えるのよ?
え、お父さんも、びっくりするわ。
お父さんのせいにされて、さ!
「あの、私、生理休暇って今まで取ったことがないんです」
と、私は恥ずかしいけど言いました。
「え?無いの?1度も?」
網野さんはびっくりしていました。
いや、私がびっくりです。
いくら生理休暇を取れる権利があると言われても、あんな男だらけのグループで、そんなこと出来ません。
同期の永野さんなんて、真面目すぎる女の子なんだから、生理の話題なんて出来そうもないし、ね。
「はい、1度もないです」
そう答えると、
「きりきりさんの同期の西原さん(2階所属)なんて毎月必ず取ってるわよ」
「そーなんですか…。」
(すげーな、西原)
「じゃあ、日にち気にしなくても、いいやん。
生理休暇使っちゃいな!」
と、網野さんが言いました。
あぁ、もしかして森山グループリーダーが「網野さんに相談したら?」
と、言ったのは、生理休暇を使えってことだったのかもしれないわ。
さすがに森山グループリーダーも、私に直接、
「生理休暇使ったら?」
なんて言えないもんね。
私も森山グループリーダーから直に言われたら、恥ずかしくて、その提案を拒んだかも?
もしかしたら、もう最初から網野さんと相談してくれていたのかも。
もしそうなら、嬉しいな。
ちゃんと私のことを気にしてくれてたんだ。
「ありがとうございます。
では、そうしますね」
そして、肝心なことを忘れてました!
「すみません、肝心なことを忘れていました。
2階の発電グループの方にまで御香典をいただきましてありがとうございました」
と、私はお礼を網野さんに言いました。
「ううん。
大変だったねぇ。
あのね、下坂さんは個人的に知り合いだから、お通夜に行くって言ってたわよ」
と、網野さんが言いました。
個人的な知り合い?
え?
どういうこと?
確かに海で杉くんといたら、会社帰りに海に来ていた下坂さんに、何回か会ったことがあるけど、え?近所なの?
下坂さんは、某電機メーカーの子会社からうちに出向してきている人なんだけどね…、。
どんな知り合い?
お客さんだった?
お通夜に来てたの?
謎!
そう思って、私が頭の中に『はてなの花』をいっぱい咲かせていると、たまたま外から帰ってきた下坂さんが、階段を上がってきました。
「あ、あの、今網野さんに聞いたんですが、下坂さん、うちとお知りあいだったんですか?」
と、可愛く聞きました。
きっとお客さんだったんだろう。
地元っぽいし。
すると、下坂さんは、網野さんをチラっと見てから、私を見て、
「実は、昔、きりきりさんのお母さんを僕、スクーターで跳ねたことがあるんだ…」
と、言いにくそうに言いました。
あーあの時の事故、お前が犯人だったのかぁ!
私は、急に怒りが湧きました。
私が小6の秋に、母が近くの町のお医者さんに行こうと、信号を渡っていたら、急に曲がってきたスクーターにはねられました。
入院するほどではなかったのですが、
2、3週間ぐらいは家で、寝ていた記憶があります。
その、2、3週間は、私にとってはとっても重大な期間だったのですが、母の交通事故でおじゃんになりました。
まず1つ目は、小学校最後の日曜参観がありました。
最初で最後だけど、父がやってくるはずの予定にしていました。
うちは、日曜日もお店を開けていたので、父が学校行事に参加したことは、一切ありませんでした。
運動会は、おばあちゃんが1人で見ていてくれて、お昼前に、母がお弁当を持ってきて、お昼休みに3人で食べるだけでした。
食べ終わると、母はなんの競技も見ないまま、帰っていきます。
他の子たちは、両親や兄弟が見に来ていて、とっても羨ましかった思い出があります。
なので最後の日曜参観だけは、父に来てほしくて、おねだりしてみました。
父は、
「しゃあないなぁ。
行ったるわ。
『あ、あそこのおっちゃんや!』
て言われるからちょっと恥ずかしいけどな」
と言いながら、約束してくれていたのに、
それが母の事故でだめになってしまいました。
すごく楽しみにしていたのに、叶わなくなって、本当にがっかりしました。
最後の日曜参観は、誰も来てくれない参観日になりました。
2つ目は、その期間に修学旅行もありました。
駅で集合、解散でした。
集合も、荷物が重いからと、親が送ってきている子も何人かいましたが、私は近かったので、確か1人で荷物を持って行きました。
解散は、もう11月で真っ暗になるのが早かったので、必ず親が迎えに来なければいけないルールになっていました。
いったい、誰が来てくれるんだろうと、ハラハラしながら待ってたら、高校の制服に愛犬マルチーズを連れた姉(次女)がやってきました。
面倒くさかったんでしょうねぇ。
犬を抱っこして、
「まいこ、迎えに来たで。
はよ帰るで」
と、言いました。
「先生に『お迎えきてくれた』って言ってくるね」
と、姉(次女)に言って先生の元に行きました。
とりあえず、姉(次女)もついてきてくれて、先生にあいさつしてくれて、帰りました。
他の子たちは、迎えに来た家族がかばんを持ってくれているのに、姉(次女)は愛犬を抱っこして帰ります。
愛犬、いりましたか?
まぁ、姉(次女)が来た時点で、かばんを持ってもらう夢は、消えましたけどね。
まぁ、そんなこんなで、私にとっては、母をはねた犯人には、少し恨みがありました。
お見舞いのフルーツや缶詰めは食べさせていただきましたがね。
「あー、覚えています。
まさか、下坂さんだったなんて、びっくりです。
なんか縁があったんですね」
と私は言いました。
「あの時は、ごめんなさい。
会社の慰安旅行に間に合わないから、焦ってスクーター運転していたら、お母さんをはねてしまって。
きりきりさんがあそこのお嬢さんだって知ったのが、最近だったんだぁ。
海ではね、何度か彼といるのを、見かけてたんだけどね。」
と、下坂さんが言いました。
世の中、狭いわ。
いや、狭すぎる。
私は、家に帰って、母に確認しました。
「ねぇ、お母さんをスクーターではねた人って、下坂さんていうのよね?
うちの会社に出向してきているよ、その人。
今日、その話しになってね。
お通夜も来てくれてたみたいよ」
と、私が言うと、
「そうやったんやぁ。下坂さんは事故の後から付き合いがあって、下坂さんのお父さんが勧める保険に入ったり、みさこに見合い相手を紹介してくれたりしたんよ」
と、母は言いました。
保険に入り、見合いも頼んだの?
どっちもすごいわね。
下坂さんのお父さんとやらも、うちの家も。
下坂さん、独身ぽいのに、そことは、見合いにならなかったんだ。
まぁ、被害者と加害者が義理の親子になるのも、大変か!
しかし、本当、どこで繋がりがあるかわからないわ。
たまに、私の周りには、不思議なことが起こります。
