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本能寺の変、今年もその季節がやって来ました3

佐藤章です。こんばんは。

さて、擦りまくってる本能寺、そろそろ黒幕説について書こうと思います。

足利義昭、朝廷、徳川家康、羽柴秀吉、今の大河ドラマでは織田信澄の関与が仄めかされたりしています。

しかし、これらの関与が示されるような一次史料はありません。

本能寺の変後の、黒幕が疑わられる各勢力も主体的に何か動きをとっていることもありません。

唯一、明智光秀を討ち取った羽柴秀吉に関しては、予想できない速さで畿内に戻っていますが、これは元々信長に援軍を請うていたため、畿内から備中高松城までの街道の整備と、物資の集積を事前に行っていたものを逆用したに過ぎません。

ではなぜ明智光秀は本能寺の変を起こしたのか?光秀は織田家中において、最も智勇の均衡が高い水準で取れている良将であり、教養も兼ね備えた人物でした。畿内近郊に領地を任されており、この当時、もっとも重用されていた重臣です。

信長から再三、屈辱的な扱いを受けて、恨みを募らせていたと言われていますが、この屈辱的な扱い自体が後世の創作と言われています。最近では、四国の長宗我部氏に対する取り扱いについて、信長と意見の相違があったのでは、という史料が出てきていますが、それが謀反の引き金になるか、やや疑問が残ります。この四国問題については今後研究が進むかもしれません。

光秀はこの時、すでに五十七歳以上の年齢であったといわれています。そして目の前に千載一遇の機会、つまり信長とその後継者である織田信忠が少ない供回りだけで指呼の間に滞在している。織田の主だった重臣達は遠く遠方に居る。唯一、大坂に織田信孝、丹羽長秀がいるがこれには十分に対抗し得る。

天下を得られる誘惑に抗しきれなかったのではないのでしょうか。
叛逆は英雄の特権、ですね。

少し長くなりましたが今回はここまで。

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