紅葉鳥【#シロクマ文芸部】
「紅葉鳥…」
「はい?ちょっと考えごとしてまして」
「紅葉鳥の燻製です。食べてみますか?」
「紅葉鳥?ですか」
喫茶店『ロイヒテン』のマスターは紅葉鳥とは鹿であること、常連の猟師さんの受け売りだということを教えてくれた。常連の猟師さんは普段、鹿や猪などを狩猟してジビエ料理店などに提供しており、燻製が上手にできたからといってお裾分けしてくれたとのことだった。
今年は猛暑で木の実や果物などが凶作で、熊が人里におりてきて食べ物を漁っているニュースが報道されていた。運悪くその場に居合わせた人が熊に襲われる痛ましい事件も多発していた。そこで熊の狩猟もお願いされ、明日から秋田に向かうようだ。
一方で「なぜ熊を殺すのか?」「熊がかわいそう」といった苦情が自治体に届いていた。県知事は人命最優先を表明したが、県民の声を無下にすることもできず、苦悩の日々が続いていた。
和彰は突然『畏怖の念』という言葉が思い浮かんだ。「ドングリをまけばいい」といった話もでているようだが、人間が自然界をコントロールできると思っていること自体が思い上がりなのだ。人間は太古から自然を畏れ、そして敬ってきたはずだ。いま、そういった『畏怖の念』が人間に欠けているのではないのか。
「そういえば、鹿は紅葉でしたね」
「ああ。花札ですね」
「熊の花札があったら、どんな花が描かれるのでしょうね」
「そうだなぁ」
「りんごの花。ですかね」
「そうだ」
和彰は紙袋に入っていた不揃いのりんごをいくつか取り出すとマスターに渡した。今朝、秋田で食べたりんごがあまりにも美味しくて、帰りに再び店に寄ってりんごを買ってきたのだ。お婆さんがオマケといって大量のりんごを紙袋に詰めてくれた。
「よろしいのですか?」
「紅葉鳥の燻製のお礼です。猟師さんにもお裾分けしてください」
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