雪化粧【#シロクマ文芸部】
雪化粧のような優衣の美しい肌は青ざめていて、喫茶店『ロイヒテン』の調理場から店内の様子を伺っていた。突然、乗り込んできた借金取りのタクヤは腰が抜けたようにその場に座り込んでいた。マスターの一喝がよほど効いたようだった。近くにいた客の和彰はタクヤの脇を支えてソファーに座らせていた。
「いったい、どうしたんだい?」
「もうダメです。終わりです」
「なにがあったんだい?」
「金が回収できないなら、女を働かせろって」
「働かせる?」
「今日中に風俗に連れて行けって…」
「それで」
「できないなら、草津商会から三百万円貸してやるからお前が建て替えてもいいぞって」
「君は直接関係ないだろ」
「そうですけど、振り込め詐欺に関わっていることを知られちゃってるんで。それに、個人情報も全部教えてるから。もう、逃げられません…」
「草津商会の借金回収以外に、振り込め詐欺にも関わっていたのか…」
「どうすれば、俺、どうすれば、いいんですか…」
タクヤはテーブルに突っ伏して泣き出してしまった。すると、カウンターで話を聴いていたマスターがタクヤに声をかけた。
「タクヤさんは自首する覚悟がありますか?」
「…はい。自首する覚悟は、あります…」
「2つのことを守って頂けますか?」
「2つのこと?」
「振り込め詐欺の件で自首すること。草津商会の話はしないこと」
「…はい。約束します…」
「わかりました。ツヨシには私が話をつけておきます」
「ツヨシって、草津商会とつながっている大槻組の組長のことですか?」
和彰は驚いて会話に入り込んだ。
「そうですよ。ツヨシには貸しがあるんです。タクヤさんにはもう関わらないように伝えておきます」
「マスター。いったい何者なんですか?」
「まあ。昔の話です」
タクヤは一筋の光が見えたことで、だいぶ落ち着いてきたようだ。
「…マスター。ありがとうございます…」
「勘違いしないでください。優衣さんを想ってのことです」
「…それでは、これから交番に行きます…」
「ちょっと、お待ちください」
立ち上がろうとしたタクヤを制して、座ったままでいるようにと伝えた。マスターはコーヒーサーバーの上にフィルターを載せ、挽きたてのコーヒー粉を入れた。丁寧に円を描きながらお湯を注ぐと店内にいい香りが漂った。
「どうぞ、召し上がってください」
「…はい。ありがとうございます…」
タクヤはカップを持ち上げると鼻に近づけて十分に香りを嗅ぎ、ゆっくりとコーヒーを味わった。
「…ごちそうさまでした。とても美味しかったです」
タクヤは立ち上がると店を出て行った。
その後、タクヤは自首したようだが、振り込め詐欺の黒幕が一斉に逮捕された、という記事や報道はなかった。タクヤのような下っ端は想像以上にたくさんいるのだろう。
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