ウルトラマンオメガ第23話「宇宙観測隊」食べられることのなかった焼きそば
ウルトラマンオメガ第23話「宇宙観測隊」を観ました。
今回、最も強く印象に残ったのは、
宇宙観測隊としての本来の自分=オメガと、
地球で生まれた人格=ソラトとの意識の葛藤が、ついに決定的な局面を迎えたことです。
観測者としての使命を思い出したオメガの意識が、一時的とはいえソラトの意識を上書きしたように見えるラスト。
そして、ソラトとコウセイの絆の象徴であった
「食べられることのなかった焼きそば」。
あの焼きそばは、
ソラトが地球人として生きる可能性”そのものが、今まさに失われつつあることを、静かに示していました。
あまりにも日常的な風景、
だからこそ残酷な演出だったと思います。
宇宙観測隊という「倫理」の恐ろしさ
宇宙観測隊の立場を人間社会に置き換えるなら、それは生き物同士の生存競争に対して、
恣意的に介入するか否かを決める立場に等しいでしょう。
一般的な倫理観からすれば、
「好きだから」という理由で一方の種族に肩入れし、敵対するもう一方を排除する行為は、明確に観測倫理に反します。
しかし私たちは、
その「倫理に反する行為」を、
長年「正義の味方」として享受し、
拍手し、応援し続けてきました。
その事実を突きつけられることで生じる、
この居心地の悪さ。
それこそが、第23話が視聴者に与えた最大の衝撃だったと思います。
さらに『オメガ』の世界では、
弱い種族=人間、を滅ぼそうとする怪獣の立場が、私たちの世界における「人間の立場」と
重なって見えてしまいます。
(いままでどれほどの動植物が人間の身勝手な
乱獲、乱開発によって絶滅していったことでしょう。)
そう目覚めた時、
これまで当然のように受け入れてきた
「地球人が好きになってしまったから助ける」という、ウルトラマンやセブン達の在り方ですら、
神(きまぐれな裁定者)か、
偽善者(恣意的な正義の執行者)
のどちらかになってしまう危うさを、オメガの物語は帯び始めます。
『オメガ』は今、
ウルトラマンという強大な力の「公平性」そのものを疑問視し、歴代すべてのウルトラシリーズへ、極めて重い問いを投げかけているのです。
ソラトとオメガ、二つの意識の断絶
これまでのエピソードで描かれてきた、
ソラトと仲間たちの関係性は、
どこか牧歌的で、楽観的なものでした。
だからこそ、
第23話で描かれる観測者オメガの冷酷さは、
より深刻に、胸に迫ってきます。
今回ほぼ一人芝居のような形で、
ソラトとオメガの葛藤を演じ切った
近藤頌利さんの演技は真に迫るもので、
「人格が分裂していく恐怖」を
確かな実感として突きつけてきました。
オメガは、ただ見つめることしか許されない存在。
その絶望的な立場に立たされたとき、
ソラトという人格は、果たして生き残れるのでしょうか?
『ウルトラマンオメガ』は、
“正しい答え”を示す物語ではなく、
“正しく悩み続ける姿”を描く物語なのだと、
第23話を観て、私は確信しました。
ウルトラマン60周年を眼前に控え、
この極めて難しいテーマに正面から挑んだ
『オメガ』製作陣の気概を、私は強く感じました。
未だかつてない終局を迎えそうな
『ウルフマンオメガ』も残り2話。
その行方を、心から期待して待ちたいと思います。
あの、食べられることのなかった焼きそばを
再びソラトが美味そうに、ほおばる姿を信じて。
