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ウルトラマンオメガ第22話「星を見つめる人」"誰を助けるか"ではなく"なぜ助けると決めたのか"

ウルトラマンオメガ第22話「星を見つめる人」を観ました。

私は以前、『オメガ』は単なる地球人とウルトラマンのバディドラマではなく、「選ばれた使命ではなく、自ら選び取る正義」を描こうとしている作品だと定義し、記憶を失ったオオキダ・ソラト=オメガは、地球を滅ぼすために送り込まれた存在ではないか?という予想を立てた考察を書きました。

しかし、第22話で明かされた真実は、私の予想を裏切るものでした。

オオキダ・ソラト=オメガは、地球を滅ぼすために送り込まれた存在ではなく、彼は宇宙観測隊(ナギルエグラータ)の一員であり、生命の存在する星々に必ず訪れる【目覚めの刻】――すなわち、人類と怪獣の生存競争を、ただ“見守る”立場にある異星人だったのです。

まぁ、子供向け番組で主人公の正体が「破壊者」である、という展開には無理がありますし、この展開も、ウルトラマンの歴史的文脈を踏まえれば、十分に納得のいくものでした。

しかしそれ以上に、今回のエピソードは
ウルトラマンという存在の意義そのものを問い直す、非常に危険な球を投げてきたな
という印象を私は感じました。


■宇宙観測隊という冷酷な立場

宇宙観測隊は、文明の正しい発展と滅亡を観測する存在です。
その星にとってのイレギュラーとなる侵略者は排除するが、
文明そのものには介入しない。

この設定は、『ウルトラセブン』の恒点観測員、
『ウルトラマンマックス』の文明監視員を想起させます。
しかし『オメガ』における宇宙観測隊は、それら以上に冷酷で、逃げ場のない倫理を孕んでいます。

なぜなら彼らは、
「助けられないこと」を理解したうえで、それを選び続けている存在
だからです。


■ゲネス人 アーデル―救われなかった側の視点

ゲネス人は、かつて【目覚めの刻】を迎えながら、
自らの科学力の暴走によって人類と怪獣の共倒れを招いた文明でした。
生き残った彼らは要塞惑星を築き、新たな移住先として地球を狙います。

その侵略を阻止するため、オメガはゲネス人の要塞惑星を破壊し、
結果としてゲネス人は滅亡します。

第22話で登場したアーデルは、そのゲネス人の生き残りであり、
同時に、地球に墜落したオメガを救った人物でもあります。

ここで『オメガ』は、極めて残酷な構図を提示します。

アーデルはソラトを助けた。
しかし、オメガはゲネス人を助けなかった。

ゲネス人の中にも、侵略に関与していない一般市民や穏健派がいたはずです。アーデルは、その「救われなかった側」を象徴する存在だと言えるでしょう。

彼はオメガを憎んで当然の立場にありながら、怒りを爆発させることはありません。ただ静かに、「観測者としての使命を思い出せ」と忠告する。

それは、同じ後悔をソラトに背負わせたくないという、
歪んだ優しさですらあると感じさせました。

そして彼の「憤り」を代弁するかのように地中からタガヌラーが出現、このくだりは『帰ってきたウルトラマン』第33話「怪獣使いと少年」で善良な宇宙人であるメイツ星人が地球人に殺害されることで封印が解かれ、ムルチが暴れ出したシーンを想起させます。

「まるで金山さんの怒りが乗り移ったようだ…」


■「人類の味方」という幻想の崩壊

ここで突きつけられるのが、シリーズ最大級の問いです。

なぜウルトラマンは人間を助けるのか。
なぜ、同じように故郷を失った異星人には手を差し伸べなかったのか。

『オメガ』は、現時点ではこの問いに明確な答えを出していません。
そしてそれは、おそらく意図的な判断でしょう。

もし明確な答えを出してしまえば、
ウルトラマンは
神(きまぐれな裁定者)か、
偽善者(恣意的な正義の執行者)の
どちらかになってしまう危険を孕んでいるからです。

重要なのは、ソラト自身がこの矛盾に気づいてしまったことです。

地球人を好きになってしまったソラト。
しかし、本来は介入してはならない存在であるオメガ。

この葛藤は、ウルトラマンという存在が長年抱え続けてきた矛盾を、
初めて“自覚的に引き受ける段階”に到達したことを意味しているのではないでしょうか。
この問いに、オメガはどのような答えを出すのでしょうか。


■「助ける者」から「選ぶ者」へ

『ウルトラマンオメガ』が描いているのは、
「誰を助けるか」ではなく、
「なぜ助けると決めたのか」という問いです。

今回の話でゲネス人は滅び、最終章に向けて
明確な“倒すべき敵”は物語上、姿を消しました。

ですが、バンダイから発表されている怪獣ソフビのラインナップを見る限り、最終話ではラスボス的な怪獣との決戦が描かれ、
オメガ=ソラトの冒険にも一応の決着はつくのでしょう。

しかし、その先に描かれるべきなのは、
宇宙観測隊という制度そのものに対するソラトの決断であり、
【目覚めの刻】がどのような結末を迎えるのか、という点だと思います。

その中でソラトが下す選択は、いったいどのようなものになるのでしょうか。

かつて私が夢想した、
「俺はオメガとして生まれたが、ソラトとして生きたい!」
という叫びは、形を変えて展開されるのでしょうか?


かつて『ウルトラセブン』では、
地球人であるキリヤマ隊長がノンマルトを虐殺するのを、
セブンが止めないという“傍観者の立場”が描かれました。
あの話の衝撃は、今も私の心に強く残っています。

また、ウルトラマンシリーズ45周年記念作品『ウルトラマンサーガ』では、
ウルトラマンゼロがバット星人に
「なぜ人間に寄り添う?」と問われ、こう答えました。

「別に理由なんてねぇよ!
ずっと昔からそうやってきた!
ただ、それだけのことだ!」

あのセリフに、私は製作者の
「ウルトラマンに携わる人間としての誇りと矜持」を感じ、
思わず号泣してしまいました。


『ウルトラマンオメガ』は、
“正しい答え”を提示する物語ではなく、
“正しく悩み続ける姿”を描く物語なのだと思います。

その姿勢こそが、
60周年を目前にしたウルトラシリーズが選び取った、
最も誠実な「ウルトラマンの在り方」を示してくれる――
私はそう信じて、残りのエピソードを見届けたいと思います。


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