「バカ、あっちに行け」その言葉の裏にあったもの――前頭側頭型認知症との向き合い方
精神科病棟でもそう多くはありませんが、前頭側頭型認知症で入院される方がいらっしゃいます。認知症全体の中でも、その割合はわずか1%ほど。65歳以下という若さで発症することや、性格そのものが変わってしまうことが、この病気の大きな特徴です。
私が認知症病棟に勤務していた頃、この前頭側頭型認知症の女性の患者さんを担当したことがありました。その方も63歳という若さでの発症でした。小柄な体つきの方でしたが、言動はとても激しく、近くに来た患者さんやスタッフに区別なく駆け寄っていっては、腕をつかんで爪を立てたり、力いっぱい頭を叩いたりされていました。誰彼構わず「バカ、あっちに行け、来るな!」と大声を出されることもありました。
病気の特性から、同じ言葉を何時間も繰り返したり、机を30分以上叩き続けたりといった常同行動も見られました。そのため、周りの患者さんが怖がってしまい、その方は次第に一人で過ごす時間が多くなっていったのです。
そんな患者さんには、ご主人がいらっしゃいました。2日に1回ほどのペースでお見舞いに来られていたのですが、ご主人の姿を見ると、患者さんは側まで走っていき「お父さん」と言って泣かれるのです。そして手を握って離さず、いつもご主人と一緒に散歩をして過ごし、お別れの際にはまた涙を流されるのでした。
私たち看護師にとっても、あまり接する機会の多くない疾患の患者さんだったため、対応には悩むことが多くありました。そこで私たちが取り組んだのは、患者さんの常同行動を、あえて"利用する"という発想でした。
この病気は、周囲の刺激――音や光、他人の動きなど――に過剰に反応してしまう特性があります。そこでまず、できるだけ静かな環境を用意しました。そして、ご主人から伺っていた患者さんの好きな歌手の曲を聴いていただいたのです。すると、一緒に口ずさむようになり、粗暴な言動も少しずつ減っていきました。
また、紙風船など、昔懐かしい遊び道具にも興味を示されました。一緒に遊ぶ時間を設けると、声を上げて楽しそうに笑われることもありました。ただ、一度遊び始めると1時間でも2時間でも続けてしまわれるため、ご本人の疲労を考えて、ご主人が持ってこられたお菓子を見せながら「〇〇さん、これどうぞ!」と声をかけ、そちらに注意が向いたタイミングで、自然に席へ誘導するよう工夫していました。
この病気の大切な特徴は、ご本人が「わざと悪意を持って周りを困らせている」わけではない、という点です。脳のブレーキ機能そのものが壊れてしまっているため、ご本人の意志だけでは行動を抑えることができないのです。
前頭側頭型認知症の方への声かけで基本となるのは、「言葉でのコミュニケーション(説得)をあきらめる」ということだと思います。「言葉で理解してもらおう」とするのではなく、「短い言葉で注意を引きつけ、こちらが用意したレール(環境)にスッと乗せる」というイメージで関わること。
「言葉で止める」のではなく、「環境で支える」。
前頭側頭型認知症の患者さんは、そのことを私に教えてくださいました。
