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忘れられても、そばにいる人でありたい~ある認知症患者様とご家族の記録~


その患者様が入院されてきたのは、認知症の症状がまだ軽度の頃でした。入院時は「今日からお世話になります」と、病棟のスタッフ一人ひとりに丁寧に挨拶をして回られていたのを覚えています。入院自体が初めての経験だったようで、目にすること、耳にすること、そのすべてが新鮮だったのでしょう。「病院はそんなことまでするんですね」と、驚いたように声をかけていただいたことが何度もありました。

しかし、3ヶ月も経つ頃には、次第に認知症の周辺症状が目立つようになっていきました。感情のコントロールが難しくなり、怒りっぽくなる場面が増えていきました。「嫁を探してる」と病棟を歩き回り、椅子に座っていただいても、5分もすればまた立ち上がって歩き出す。そんな日々が続きました。たまに奥様が面会にいらっしゃると、「ずっと探してたのにどこに行っていた!浮気してるのか」と詰め寄られることもありました。

そんな時、奥様が寂しそうに「優しい人だったんですけどね。病気のせいとはいえ悲しくなります」とおっしゃっていたのが、今でも心に残っています。私は奥様に「今は顔を合わせると辛いでしょうが、まだ奥様のことが認識できるうちに、たくさん会いに来てあげてください」と、励ましと、お願いを込めてお伝えしました。

半年が過ぎる頃には、患者様は私たち看護師のことを、ご自身が経営されていた会社の従業員だと思い込むようになりました。「あの仕事はどうなった?納期が近いぞ」と声をかけられたり、壁に向かって電話をしているかのように「もしもし、俺だ。明日は会議だ」と、お一人で会話をされる姿も見られるようになりました。私たちが「お仕事、大変ですね。奥様も○○さんは仕事熱心だと褒めていらっしゃいましたよ」とお声がけすると、患者様は必ずこうおっしゃいました。「嫁は俺を一番分かっている」――。

けれど、実際に奥様が面会にいらしても、患者様はもう奥様だと認識することができませんでした。そこに、その姿を見て、認知症という病気の残酷さを、私は改めて痛感しました。それでも私たちは、患者様の平穏な生活を守るため、そしてご家族の悲しみを受け止めるために、看護を続けなければならないのだと感じていました。

1年が経つ頃、患者様はほとんど動かれることがなくなりました。一点を見つめ、じっと座っておられる。私たちにはもちろん、奥様にも反応を示されることはありません。奥様もその変化を前に、涙を流されていました。認知症の進行は、私たちが想像していたよりもずっと早いものでした。お食事もお手洗いも、すべてに介助が必要になりました。奥様は私たちに「こんなにも早く、全てを忘れるものなんでしょうか?」と、静かに問いかけられました。

認知症にもさまざまな種類があり、進行の速さにもかなり個人差があります。私は奥様にそのことをお伝えしたうえで、「"妻"だと無理に認識させようとしなくても、"いつも側にいてくれる安心できる人"というポジションを目指していきましょう」とお話ししました。また、最近の記憶が消えていても、昔の記憶は深く残っていることがあるとお伝えし、若い頃によく聴かれていた音楽を流したり、当時のアルバムや思い出の品を一緒に眺めてみることをご提案しました。そうすることで、ふっと穏やかな表情を取り戻されたり、当時の記憶がつながったりすることがあるからです。

次の面会の日、奥様は早速アルバムを持ってきてくださいました。一緒に眺めていると、「少しだけですが、写真に目を向けてくれたんです」と、嬉しそうにご報告くださいました。

パートナーから忘れられるということは、奥様にとって身を切られるような孤独感と哀しみを伴うものだと思います。だからこそ私たちは、「これは病気のせいであって、長年の絆が消えたわけではない」ということを理解していただき、ご自身を責めないようにサポートすることが必要だと感じています。

忘れられてしまっても、寄り添った時間まで消えるわけではありません。

だから私は今日も、ご本人だけでなく、ご家族にも寄り添う看護を大切に続けていきたいと思っています。

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