見出し画像

「間違えても、大丈夫。」――音楽療法で教わった、心を癒やす時間


認知症病棟で音楽療法のプログラムが行われる前のことです。音楽療法士さんから、こんな申し出をいただきました。

「今日は患者さんに歌ってもらい、それに合わせて楽器演奏をしようと思うんです。白猫さん、患者さんと歌を歌う係をしてもらえませんか?」

曲は「お座敷小唄」。高齢の患者さんに人気の1曲です。私も歌える曲だったため、快く引き受けることにしました。

その日は春の、お天気のいい日でした。全員で肩回しなどの軽いストレッチをした後、「手のひらに太陽を」を合唱し、参加されている患者さんの気持ちを音楽活動に集中させていきます。これが音楽療法の導入の部分です。

その後がメインの活動となっていきます。そしてここからが、私の出番でもありました。

一緒に歌うのは、認知症の症状が比較的緩やかに進行している女性患者さんです。話すときは声も小さく、はにかんだように話される方でした。しかしカラオケなど歌うことは好きで、音楽療法をいつも楽しみにされています。「今日は一緒に歌おうね」とおっしゃって下さり、私にとっては最強の相棒でした。

病態に合わせた楽器が参加者全員に配られ、音楽療法士さんより「今日は○○さんと看護師の白猫さんが一緒に歌ってくださるんですよ。皆さんで2人を盛り上げましょうね」と大々的に紹介していただきました。

歌い手を担った女性患者さんと私は、よろしくお願いしますと一礼しマイクの前に立ちました。他の患者さんやスタッフの方々が拍手して下さり、その場は絶好調の良い雰囲気です。私たちは音楽療法士さんのピアノ演奏に合わせて歌い始めました。前奏が終わり、さぁ歌い出し…

そこで女性患者さんが、歌詞の1番と2番を間違って歌い出してしまいました。話すときは声が小さいのですが、歌うときは結構な声量です。しかし1フレーズで気づかれたようで、その後はちゃんと続きを歌われていました。

結局そのまま最後まで歌いきり、最後には大きな拍手をいただきました。曲が終わった後、女性患者さんは「せっかくの楽しい時間だったのに間違えてごめんなさいね」と謝ってこられました。私は「○○さんと歌えたことが楽しかったので気にしないで下さいね」とお伝えしました。

他の患者さんからも「間違えたと思ったけど白猫さんの声の方が大きかったから気にならなかったよ」と言っていただき、「楽しかった、ありがとう、○○さんと白猫さん」と何人もの患者さんに声をかけていただきました。

音楽療法士さんにも「間違えたかもしれませんが、しっかり良い声が出ましたね。この場は楽しむことが大事なんです。皆さんの顔を見てください。笑顔でしょう?」と言われ、見渡すとほぼ全員がニコニコと笑みを浮かべていました。

音楽療法のゴールは、発語を促す、関節を動かす、感情を発散する、不安を和らげるといった心身の機能改善やQOLの向上です。間違えた音を鳴らしたり、歌詞を間違えたりしても、その目的に向けたプロセスにこそ大きな価値があると私は考えています。

音楽療法は「上手・下手」を競う発表会ではありません。「ありのままの自分」を出していい、心身のケアの場なのです。声が出にくかったり、手が思うように動かなくて間違えてしまったりしても、すべて温かく受け止められます。だからこそ、安心して受けていただける、みんなのオアシス的な治療の場なのだと思います。


あの日いただいた拍手は、上手に歌えたことへの拍手ではありませんでした。勇気を出して歌ったこと、そして、その時間をみんなで楽しめたことへの拍手だったのだと、私は今でも信じています。

いいなと思ったら応援しよう!