なぁしてその考えになったのさ?無理するんでない。
最近、自分の記事やコメントを見返していて気づいたことがある。
私は昔から、人の話を聞くとき、
「何があったんですか?」
よりも、
「なぁ〜してその考えになったのさ?」
と思っているらしい。

社会福祉士の視点では、アセスメント。
noteの視点では、ストーリーになる。
夫婦のことも。
子育てのことも。
仕事のことも。
政治のことも。
福祉のことも。
誰が正しいか。
誰が悪いか。
そこも大事かもしれない。

歯科衛生士時代(特に歯科訪問診療の時)なら、
「歯ぁやんで(痛くて)眠れないのさ」
「入れ歯合わねぇんだわ」
から始まる。
福祉になると、
「ゆるぐないのさ(生きづらいのさ)」
になる。
私が気になるのは同じだ。
あれ、なぁしてそうなったのさ?
でも私は、その前に気になってしまう。
なしてそうなった?
何を見てきた?
どんな経験があった?
何が怖かった?
何を守ろうとした?
そうやって話を聞いていると、いつの間にか「その人の物語」に触れている。

最近noteで色々な人の記事を読むのが楽しいのも同じだ。
共感する記事に出会うと、
「わかる!」
だけじゃない。
「この人、なしてこの考え方になったのさ?」
と気になってしまう。
たぶん私は、仲間を探しているというより、
その人の思考が生まれた背景を知りたいのだと思う。
社会福祉士の勉強をしていても、
結局やっていることは同じかもしれない。
問題を見るのではなく、
問題が生まれた過程を見る。
人を見るのではなく、
その人の物語を見る。
私は昔から、
人を分析していたのではなく、
人の人生に興味があったのかもしれない。
そんな場面に出会ったら
私は、無理するんでない〜(無理しないで)と
伝えたい。

ちなみに、あるAIとの会話で、
「函館のおばちゃん福祉相談所ですね」
と笑われたことがある。
でも少しだけ、その表現が気に入っている。
制度説明ならAIもできる。
法律説明なら専門家もいる。
でも、
「無理するんでない」
という言葉は、
その人の人生や地域の空気を知っている人だからこそ出てくる気がする。
上からの
「無理しないでください」
ではなく、
「あんたもう十分頑張ったっしょ」
まで含まれているような気がするからだ。
そう考えると、
私は福祉を学びながら、
人の物語を聞きながら、
少しずつ「生きた函館」を書いているのかもしれない。

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#CoinBridge (コインブリッジ)
構造を言語化し、現場と制度をつなぐ
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