見出し画像

【子育てエッセイ】 「できない父親」だった私が気づいた、親になる条件

こんにちは、きいぴくみんです。
3人の子どもを育てている父親です。長男と、双子の娘がいます。
双子は昨年に早産で生まれ、NICUに入院していました。
現在は育休を取りながら、妻と育児中心の生活をしています。



前回の記事で、パパが育児ができることはすごいことなのか?ということを書いた。

男女の能力の違いというより、育児に関わる時間的な余裕があれば、誰でも育児に関わっていくことはできるのではないか、という話だ。

前回の記事はこちら


ただ、その一方で、無視できない違いがあるとも感じている。

それは、「親になるプロセスの入り方」の違いだ。

女性は、妊娠が分かったときから、少しずつ「親になる準備」が始まる。

体調も生活も変わり、出産という大きな出来事を経て、
否応なくそのプロセスの中に入っていく。

日々の変化の中で、少しずつ「親になる」時間を積み重ねていく。


一方で、男性にはそれがない。

自分の体に変化があるわけではなく、
実感が十分に追いつかないまま、子どもが生まれることもある。

この「プロセスへの入り方の違い」が、
最初の差として現れるのではないかと思っている。



長男が生まれたとき、それを強く感じた。

当時はコロナ禍で、出産後の面会は一切できなかった。

妻は出産後、1週間入院していた。
そのあいだ、母子同室で過ごしていた。

おむつ替えやミルク、沐浴。
日々のケアをこなしながら、看護師から直接教わっていた。

一方の私は、YouTubeで動画を見て予習はしていたものの、
実際に赤ちゃんに触れることも、抱っこすることすら怖い状態だった。


妻に話を聞くと、「そんなに教わったわけじゃない」と言っていた。

それでも自分から見ると、
入院中にすでに日々関わってきた妻は、“できている人”に見えた。

できない自分と、できているように見える妻。
そのギャップが、自信をなくすことにつながっていった。



転機になったのは、産後3か月のときだった。

妻が体調を崩し、高熱を出した。
母乳をあげる以外の家事や育児が、ほとんどできない状態になった。

結果的に、自分が授乳以外の育児を一人で回すことになった。

やるしかなかった。

最初は手探りだったけれど、
ひとつひとつやっていくうちに、なんとか回せるようになっていった。

やってみると、案外できるものだった。

それまでできなかったのは、能力の問題ではなく、
単純に経験の差だったのだと思う。

そして一度できると、それがそのまま自信になった。



昨年、双子の娘が生まれた。

25週の早産で、700グラムの超低出生体重児。
双子は半年の間、NICUに入院した。

浣腸や服薬など、これまでにないケアも必要だった。

それでも今回は、状況が大きく違っていた。

半年間の面会の中で、妻と自分がほぼ同じように関わることができた。
新しいケアも、二人で一緒に覚えていった。

さらに、1年の育休を取っていたことも大きかった。


そして何より、
「やらなければ回らない」という危機感があった。

双子で、祖父母の支援もない。
このままだと家が回らないかもしれない。

振り返ると、育休という育児ができる時間的な余裕だけでなく、
やらざるを得ない状況があった。

結果として、妻と同じスタートラインに立てたと思う。



前回の記事では、「育休など育児ができる時間的な余裕」が大切なのではないかと考えた。

今回、自分の経験を振り返る中で、その解像度が少し上がったように思う。

時間的な余裕だけでなく、
やらざるを得ない状況があるかどうか。
その中で経験を積めるかどうか。

その違いが、できることや自信の差につながっていく。

母親は、否応なくそのプロセスの中に入っていく。
一方で父親は、そのプロセスに「入るかどうか」を選べてしまう。

だからこそ父親は、自然に親になるわけではない。
関わりにいく中で、少しずつ親になっていく。



この記事では、父親として育児に関わる中で感じたことを書きました。

他にも、NICUでのことや、双子との日々についても記録として残しています。

もしよければ、他の記事ものぞいてみてください。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集