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見返りを求めるのを、やめることにした

「こんなに調べてあげたのに」と思っている自分に、気づいてしまった

去年、会社で「一人ひとりの個性を活かせる職場をつくろう」という取り組みを進めようとしました。8人の仲間と、論文や他社の事例も調べて、理論的にも正しいと思える提案をまとめて。土日もずっと、それを考えていました。

でも、トップにこう言われて止まりました。「論文や他の組織で効果が出ていても、ウチで効果が出るかはわからない。だからできない。」

そのとき、自分の中に出てきた言葉が、情けなかった。「あんなに会社のために調べてあげたのに」「土日ずっと使って考えたのに」

最初はそんなつもり、まったくなかったんです。純粋に、社員のために、仲間のために、自分がやりたくてやっていたはずでした。それがいつの間にか「頑張ったのに」という、小学生みたいな見返り待ちにすり替わっていた。潰されたことより、そんな自分に気づいたことの方が、ずっと恥ずかしかった。

ちょうどその頃、隣では妻が、ソファに寝転んでスマホを見て、クククと笑っていました。妻は妻で、やりたいことのために会社を辞めて、自分のペースで暮らしている。それなのに僕は、「こっちはこんなに頑張ってるのに」と、責めるような気持ちが湧いてきたんです。

妻のイメージ図

そこで、はっとしました。人を断罪できるほど、僕は偉いんだっけ? そもそも僕は、妻と楽しく過ごすために働いてきたはずなのに。その相手を、責めようとしている。何をやってるんだろう、と。

たぶん、頑張る方向を、どこかで間違えていたんだと思います。

見返りを求めずに、自分が楽しめることを探す

だから決めました。見返りを求めずに、自分が心から楽しめることに集中しよう、と。

そうすれば、潰されても、認められなくても、「自分の人生を楽しんでるだけだから」で済む。そういう強さが欲しかったんです。

幸せは「土台」の上に「夢中」が乗ってできている

考える手がかりにしたのが、以前考えた「幸せの統合モデル」です。幸せは"二階建ての家"みたいな構造をしていて、1階が土台(心と体の健康と、安心できる人間関係)、2階がその上に乗る充実(日々の"ごきげん"と"生きがい")。そして生きがいは、いきなり大きな「人生の意義」を目指すんじゃなくて、まず「夢中になれること」から始まる——僕はそう考えています。

他人軸で無理をすると、まず1階が崩れる。それが僕に起きたことでした。だから今は、1階を大事にしながら、2階の入口——「夢中になれること」を探すことにしました。

子どもの頃、夢中になれたことが2つあった

先日、朝から3時間、自分と向き合いました。テーマは「見返りなしで、自分が心から楽しめて夢中になれることって何だろう」。過去を振り返って、はっきり思い出せることが2つありました。

1つ目は「ものづくり」。 幼稚園の頃、レゴブロックを無限に組んでいました。なぜか左右対称に作れて、よく褒められた記憶があります。自由に、自分のこだわりで作れることが楽しかった。

2つ目は「可能性を探す遊び」。 石を裏返してダンゴムシを探す。それに夢中になりすぎて、お昼ご飯を食べ損ねて廊下で泣いた記憶があります。海や川でも同じことをしていました。カレイの赤ちゃん、タツノオトシゴ、うなぎ。今でも海岸線を見ると、岩を裏返したくてムズムズします。

この2つ、「自由にこだわれること」と「可能性を探すこと」。よく考えたら、両方いっぺんに満たせる活動がありました。料理とお菓子作りです。

実は9年前から自炊をしていて、トマト系のパスタに昆布茶、カルボナーラに柚子胡椒——自分の発想で組み合わせを作るのが、ずっと楽しかったんです。レゴを組んでいた頃と、たぶん同じ楽しさです。

そこから「バカ舌お菓子作り」を始めることにした顛末は、別の記事「自作の杏仁豆腐が美味しすぎて、確かめに台湾まで行った話」に書いたので、よければそちらもどうぞ。

頑張るのをやめるんじゃない。"燃料"を替える

念のため言っておくと、僕は「頑張ること」自体をやめようとは思っていません。たぶん性分なので、無理です。土日に資格の勉強をしたり、投資を調べたりするのも、けっこう好きなので。

変えたいのは、頑張りの"燃料"の方です。

「認められるため」を燃料にして走ると、認められなかった瞬間にガス欠になる。会社の取り組みで僕に起きたのは、まさにこれでした。逆に、誰かの話を深く聞いて、その人の決断や過去がどう今に繋がってるのかを一緒に掘り下げていく時間は、準備が大変でも楽しい。相手が信頼して話してくれたことに応えたい、というその場で完結する気持ちが燃料だから、ガス欠にならないんです。

だから、そういう「それ自体が楽しいから走れる」ものを、これから増やしていきます。

このnoteでは、「健やかに生きるとは何か」を自分の言葉で定義しながら、自分自身を実験台にして実践していく過程を書いていきます。探しながら進んでいく様子を、ゆるく見ていてもらえたら嬉しいです。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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