『パリの胃袋』を読む—古典を読む快楽―
僕はフランスの小説をほとんど読んだことがない。頭が硬いせいかあるいはアメリカ語ができる手合いのよくある驕りからか子供の頃は翻訳調の日本語になじめず、外国文学はヘミングウェイ(Ernst Hemingway)やアップダイク(John Updike)でお茶を濁し、仏文に関してはせいぜい大岡昇平が凝っていたスタンダール(Stendhal)の「イタリアへの情熱」ってのを理解するために新潮文庫でそれに付き合ったぐらいであった。こっちに来てもこのnoteでもよく言及するドゥルーズ(Gilles Deleuze)らのしち面倒くさい文章に苦戦していたので、文学にかける時間は残念ながらなかった。老後の手すさびではないが、たまたま僕がずっと住んでいる近所が舞台になっているので手に取ったのが、古典中の古典のゾラ(Émile Zola)の”Le Ventre de Paris”『パリの胃袋』。これが掛け値なしで面白い。
時は1858年、フランスは第二帝政と呼ばれる時代の真っ只中。物語はナポレオン(Napoleon)の甥のルイ・ボナパルト(Louis Bonaparte)のクーデターの際の混乱時に人殺しの濡れ衣を着せられ、南米に流刑された主人公フロラン(Florent)が、脱走しフランス本土に戻って帰って来るが、空腹で餓死寸前のような状態で路上で倒れているところ、あやうく八百屋の女将が引く馬車に轢かれそうになるが、結果的に助けてもらい野菜一杯の荷台の上に乗っけてもらいパリに連れてもらうところから始まる。パリにはかつて親のように面倒をみていた歳が離れた弟がその中央市場において美しい妻をめとって惣菜屋として成功しており、そこで暖かく迎え入れられる。かつての知りあいの尽力そして弟の妻の励ましによって市場の魚部門の視察官になり、平穏な日々が再び手に入る手はずは整ったのだが、フロランにとってはそれが居心地が悪い。自分を不当に、苛酷な環境の流刑地に追放した第二帝政という政治体制が許せず、さらにそのいかがわしさに気づかないのか、それとも見て見ないふりをしてるのか、独裁による相対的な社会的安定がもたらした経済的繁栄の真っ只中で豊かさに耽り肥えていく中央市場レ・アールの人たちに、流刑地カイエンヌ(Cayenne)でろくに食事を与えられず飢えに苦しんで以来万年痩躯のフロランはなじめないのだ。第二帝政には政治的転覆を狙うもの、好景気に乗じて怪しい儲け話を吹っかける山師、芸術家を自称しながら無為に日々を過ごす不満を募らせている輩たち、マルクス(Karl Marx)がボエーム(bohème)と呼んだ陰謀を図り何かをしでかそうと企んでいたいかがわしい連中が跳梁跋扈していたのだ。そのためかフロランは疑心暗鬼に陥り、パリまで荷車でわざわざ連れて来てくれ、食べるものまで恵んでくれた気の優しい八百屋の女主人にも容易に心を開かない。これもかつて警察が女性を密偵として社会の隅々に張り巡らせて、のちにたれこみさせていたことを知っていての警戒であった。そもそも社会の頂点にいる人物自体が百家争鳴の政治の不安定につけこみ陰謀を巡らし憲法を蹂躙するような勅令を発効し議会を解散させ、さんざん言論弾圧、選挙介入の結果国民投票により「民意」を得てナポレオン三世などと名乗り皇帝になったいかがわしさの最たるものだった。居心地が悪いといいながらも、フロランには少しずつ仲間のようなものができ始める。レ・アールの酒場で夜な夜な体制に対する不満をぶちまける彼の周りに、彼に賛同する連中が集まってくる。本当のところ、フロランを含め酒を飲んで政府への不満をぶちまける連中は、それで毎日の労働のつらさの憂さ晴らしをしていたのであろう。ところがその片言隻句をとらえて想像力を膨らませて、あたかもフロランらが不穏当なことを計画しているように、近くに住む孤独で詮索好きな年寄りのばあさんが言いふらし始め、周りのひとたちも気晴らしのためか、ばあさんのでっち上げた話に乗っかってフロランのあることないことを語り、それらが一つ一つつながりあってジグソーパズルよろしくフロランが政府転覆の首謀者であるというイメージがレ・アールの人々の間ででき始めてくる。そして予想されたようにフロランの身に悲劇が襲ってくる...
このあらすじを読んだだけでも興味を持つのではなかろうか。類型的ながらも描きこまれている人物造形。しっかりとした作者の目によるものごとの描写。いくつもの伏線が引かれ、それらがこれ以上はないぐらい錯綜したところで、それが一刀両断され解き放れるような大団円を迎えるという古い表現がぴったりのお話しの終わり方。小説の原型を目の当たりにしているみたいで安心して読み進められるのである。音楽で言えばハイドンの気の利いた展開とベートーヴェンの堅牢な構造が一緒になったようなものか。あるいはネットフリックスやアマゾンプライムで気楽に観られるミニシリーズと言ったらその面白さを今の人には分かってもらえるかもしれない。
この本の題名Le ventre de Parisとは直訳するとパリの腹。パリの中心にかつてあってパリジャンの胃袋を満たしていた中央市場レ・アール(Les Halles)のこと。Les Hallesという固有名詞を市場として使い始めたのは1181年に当時の王様のフィリップ二世(Philippe II Auguste)が郊外シャンポー(Les Champeaux)に市場を設立した時らしい。ちなみにその郊外とは今では市街地の拡大によりパリの中心地になっており、日本食品店などがあってオペラ通りに垂直なプチシャン通り(rue des Petits-Champs)のようだ。その後、レ・アールの横にある「幼子殉教者の泉」(La Fontaine des Innocents)という広場で道に食材を直に置くような形で市場が設置されていたが、混雑や衛生上という問題を解消するため、1854年にナポレオン三世の第二帝政時にその産業勃興を象徴するような鉄筋とガラス張りの建物群の中央市場ができ、この小説の舞台となったのだ。

そう160年以上昔のお話だが、当時19世紀のフランスの重工業の繁栄の粋を集めた最新技術の設備が舞台なのだ。ちなみに20世紀後半になるとこのレ・アールも市場としては高度成長のフランスの肥大化する食糧事情について行けず、1969年にパリ郊外のランジス(Rungis)に移転し現在に至る。19世紀後期の最先端の工業技術の結晶であった鉄筋とガラス張りの建物は1971年に解体され、一部は田舎やなんと日本の横浜で復元され保全されている。現在その跡地はレ・アールという名はとどめ、オーストラリアの不動産会社Westfieldが経営しているショッピングモールになっている。


さて小説にもどろう。そのすばらしい描写とはたとえば、
「ランビュトー通りの奥で真っ赤な朝日が勢いよく炎のごとく昇ってくるにつれ、もろもろの野菜は本格的に目覚めて地面にたなびく濃紺さから抜け出てくるのであった。サラダ菜、レタス、チコレ、エンダイヴらはまだ土が着いていながら、それらの鮮やかな芯が露になるよう広げられ、ホウレン草やスカンポのいくつもの束、アーティチョークのブーケ、積み上げられたインゲンやグリーンピース、チシャの山、それぞれはわらの切れ端で結ばれ、あらゆる緑の色合い―豆のさやの艶のある緑から葉っぱの深緑まで―を奏でるのであった。いたるところで見える緑の色調はセロリやポアロネギにおいてまだらになり、消えていく。」
"à mesure que l’incendie du matin montait en jets de flammes au fond de la rue Rambuteau, les légumes s’éveillaient davantage, sortaient du grand bleuissement traînant à terre. Les salades, les laitues, les scaroles, les chicorées, ouvertes et grasses encore de terreau, montraient leurs cœurs éclatants ; les paquets d’épinards, les paquets d’oseille, les bouquets d’artichauts, les entassements de haricots et de pois, les empilements de romaines, liées d’un brin de paille, chantaient toute la gamme du vert, de la laque verte des cosses au gros vert des feuilles ; gamme soutenue qui allait en se mourant, jusqu’aux panachures des pieds de céleris et des bottes de poireaux."
、と緑の野菜を一通り描き切り、そのあと音楽で言えばいきなりフォルテシモになるように色彩の違いを際立たせる形でやにわにニンジンの鮮やかさに目を向ける。その後も市場の始まる前の夜明けの色とりどりの様々な野菜を描き続けていくのである。野菜だけではない。肉、魚や(フランス人に必要不可欠な)生クリームやチーズと言った乳製品はもちろん、本来忌避される贓物も細かい描写で、魅力的に描かれている。

描写のすばらしさはこのような絵画性だけに留まらず、後に映画で用いられるモンタージュのような描き方からもうかがえる。たとえば物語の前半で主人公がまだ流刑地から戻ってきたばかりで弟のうちに住み込み始めたころ、夜の家族の団らん、そしてお惣菜屋としての仕込みなど平穏で日常が優しい筆致で描かれる。ところがそれと同時に弟夫婦の娘にせがまれ、動物に喰われた男の話しというペローの残酷な童話みたいなのを主人公が話し始めるが、それは寓話の形を借りながら自らの流刑地の悲惨な体験を語っているというのが、まるで劇中劇のように真実味をもって語れるがゆえに徐々に明らかになっていき、それを聞いている弟の妻は賢いが通俗さの安閑から抜け出ることがない凡庸な精神の持ち主なので心穏やかではいられなくなり、義兄に対して違和感を感じ始める。その後しばらく経ってから彼女が仕向けた主人公が迎える悲劇の萌芽が映画で言えばクロスカットのような形でー弟と丁稚の惣菜の仕込み、童話をせがむ弟夫婦の娘とそれに応えて自らの体験を語る主人公、編み物をする弟の妻の心理、そしてこれら人間の間を行ったり来たりする猫ー描かれるのだ。平穏な日常に亀裂が入るということが直に描かれるのではなく、さまざまな同時に進行する出来事の中の子細なものとして描かれることによって、つまり微細な兆候が肥大化して悲劇に変貌するという動態性によってリアリティを帯びることになるのだ。
ゾラは二十巻にも及ぶルーゴン・マッカール叢書(Les Rougon-Macquart)にて架空のルーゴン家とマッカール家との交差する運命を通して第二帝政時のフランス人の家庭の社会におけるあり方をありのままに描こうとした。『居酒屋』”L’Assommoir”、『ナナ』”Nana”などが有名でご存知の方も多いだろう。詳細な描写をもとにありのままの人々の気質、そしてそれが環境でどのような影響を受け結果的にどのような階層的行動に出るかということを社会科学のように分析した、とされている。その結果自然主義文学という潮流が生まれ、日本にも明治に入ってきて坪内逍遥の『小説神髄』でその紹介され、田山花袋の『布団』で実践されたなどのことは中学、高校の国語の授業で聞いたことがあるだろう。
古典中の古典ではあるが、(いささかくだらない分類にこだわってみると)純文学なのかと聞かれるとそうとはいえない気がする。このことは同じように詳細な描写で有名なフロベール(Gustave Flaubert)の例えば『ボヴァリー夫人』と比べてみると、はっきりとするかもしれない。前評判で聞いていたりあるいは読み進めていくうちにすぐに分かるのだが、ボヴァリー夫人「エマ」はのっぴきならないかたちで破局に向かっていく。地方都市で退屈している有閑夫人が不倫に走り、浪費を重ね、八方ふさがりで自分の命を自ら断つというお話しはさもありなんだが、それだからこそと言っていいのか、つまらないが堅実なプチ・ブルジュアの、それこそ真っ当な人生を歩むという選択をしなかったのか、と問いただしたいぐらいエマには先ほどの不埒な人生を選び、悲劇を呼び起こすような情熱が感じられず、でもだからこそ破滅に向かったのは必然的であった、と論理が破綻している結論に読者を導くぐらいこの退嬰的な情熱の不在が作品全体を覆っているのである。読者はそのことで戸惑い、しばしば呆然として目の前には自分が分かったと了解できない異質なものがあることを目撃する。異質なものとの出会いを提供するものこそが芸術、すなわち純文学ではなかろうか。
ゾラにはそのような異質なものとの出会いはない。登場人物の輪郭は―明朗であったり、素朴であったりと違いはそれぞれにあるが―明確で、類型的でこちらも安心して同情ができ、あるいは嫌いになることができる。お話しもめでたく終わるわけでは必ずしもないが了解可能だ。そう、どちらかというと時代と文化圏の錯誤した言い方になってしまうが、日本のかつてあった分類の中間小説に該当するのではないか、と思う。つまり気楽に読み飛ばす大衆小説というよりは娯楽性をそなえつつ人間や社会を深く掘り下げて描いている文学。たとえば時代考証が厳密で江戸時代の世相を描いていて、しかもルーゴン・マーカル叢書同様『鬼平犯科帳』などシリーズ化している池波正太郎の作品とか、『官僚たちの夏』や『落日燃ゆ』などで組織など与えられた環境で人がどう行動するかなどを探った城山三郎を読んでいる時の気軽さと同時に知的な面白さを感じた(ただし城山三郎の描いたものは「企業小説」や「経済小説」と分類されるが「中間小説」と直接よばれたことは実はないが)。
小説の古典を本来読まなければいけない多感な子供の頃に変な気負いでそれをしてこなかったことに後悔がないわけではない。ただ居直って言わせてもらえば、歳を取って知識は無駄に増えていて、またそれらを衰えてきた論理的思考力が普通の理屈では間違いとみなされる形で無節操につなげてしまい、皮肉にも若い頃の生硬な頭では思いもつかなかった蘊蓄が頭をもたげるという初老の読書方法があるのではないか。
たとえば、野菜の活き活きとした描き方を例にとり、ゾラの卓越した描写に言及したが、読んでいてふっと頭に浮かんだのはイギリスの作家ヴァージニア・ウルフ(Virginia Wolf)のモノの描写である。例えば、
「家は空っぽで、扉はすべて鍵がかけられ、マットレスは畳まれていた。そこへ、大軍の先触れのようにさまよう風が押し寄せるように吹き込み、剥き出しの床板をなで、かじり、あおりながら進み、完全に抗うものは寝室にも客間にもなく、ただカーテンがはためき、木材がきしみ、むき出しのテーブルの脚、鍋、陶器にすでに垢がたまり、くすみ、ひび割れているだけであった。」
"So with the house empty and the doors locked and the mattresses rolled round, those stray airs, advance guards of great armies, blustered in, brushed bare boards, nibbled and fanned, met nothing in bedroom or drawing-room that wholly resisted them but only hangings that flapped, wood that creaked, the bare legs of tables, saucepans and china already furred, tarnished, cracked."
これは1927年に発表された20世紀を代表するウルフの『灯台へ』”To the Lighthouse” の一節だが、上のゾラの野菜の鮮やかな描写に勝るとも劣らなく、見捨てられた空き家の荒涼感が迫ってくる描写である。そこに共通するのはたくさんの日常に見られる物の詳しい描写である。読んでいるものはあたかもどちらの作品でもその場面にいる感覚にとらわれる。ところが19世紀の自然主義作家と20世紀のモダニズムの作家とが決定的に違うのは、『パリの胃袋』のモノの描写は誰かがそれらを鳥瞰していて、モノそれぞれに見ている人が―鮮やかとか艶のあるとか—意味を与えている主観的な描写であるのにたいして、『灯台へ』ではもはや人は存在せず、あたかもモノが自律的に存在しているように客観的に描かれている。さらに前者には作家ゾラが生みの親であって、作品に対する全権は彼にあることが自明であるという安定感があるが、後者においては小説がヴァージニア・ウルフの権威から離れ、物語自体がその中のモノの動きにつれられてどっかにいってしまうような不穏さを感じてしまう。
さらに初老のタガの外れた想像力をほしいままにすると、『パリの胃袋』の冒頭でのレ・アールの市場開始前の夜明けの食材の鮮やかさは文化圏は全く違うが同じく19世紀に初演されたと言われる落語の『芝浜』の魚屋の勝がこれまた市場に仕入れに出かけた際の夜明けの浜辺のシーンを思い出させるのである。『芝浜』の最高峰と言われる三代目桂三木助の上演したものの件の場面を書き起こすと、
「(開場時間より一時間早く河岸についてしまったので浜辺に出て一服しようとする)磯臭せぇ臭いがしてきやがった。この香りを聞くと悪い商売でもねぇと思うな。朝早く行って浜でもってプーンという磯臭せぇ臭いかいだ時はいい心持ちだ。寿命が延びると思うからな。おっ、ぐずぐず言っていたらそろそろお天道様が出てきた。ああ、いい色だな。よく空色っていうと、こう青い色のことを言うが、いや、朝のこの日の出の時にゃ、空色と言ったって一色だけじゃねぇや、五色の色だ。どうでぇ、小判の色みてぇな色をしているところがあると思うと、白いようなところがあり、青っぽいところがあり、どす黒いところがあり、ああいけね、おてんとうさまが出てきた。…どうでぇ、海ってやつは白いんだね。長年俺この浜に来るんだけど、向こう岸が見えたことがねぇんだからねぇ。面白いんだよ、この海ってのは。」
そしてなによりも個人的な思い入れを読み込むことが可能なのだ、この『パリの胃袋』は。お話しの舞台になっているレ•アールは僕が住んでいるところの近所で、パリを知っている人なら「ああ、あそこね」、という誰もが知っているrue Montorgueil, rue Montmartre, pointe Sainte Eustache, rue Rambuteauというまさしく今僕が行き来しているところであって、自分の住んでいるところの近所が1858年という今から160年以上前のお話しの中で、もちろん変わったとこはあるが同じように活気ある界隈として描かれていることにびっくりして、歴史の厚みなんてことに思いをめぐらせるのだ。


もっと言えば19世紀の第二帝政時と21世紀を四半世紀過ぎた現代と共通しているところは場所の名称だけではなく、主人公の弟夫婦が営んでいるお総菜屋さんで売っている食品、そしてそれらの買い物の仕方が2025年の今と1858年の当時と全く同じで、つまり庶民の生活という風俗が変わらないことに驚く。短くて太く燻製によって黄土色したソーセージのcervelas、 大変クリーミーなレバー・ペーストpâté de foie、これらを店の人に世間話をしながらばらしたり、切ったりしてもらって買う。豚の血の腸詰のboudinはそれこそ主人公の弟とその丁稚が作っている場面が丁寧に描かれていて、食欲を誘う。

古典が古典である所以とは月並みな言い方だが、至って個人的な思い入れを読むことを許してくれるということではないだろうか。
《言い残したことと参考にした本たち》
『パリの胃袋』に関する文章には必ずゾラは「脂肪太り」と「瘦躯」との対立を軸として第二帝政時の世相を描いていると書いている。そのことを通り過ぎて文章を終えてしまうのは片手落ちになるのででひとこと。対立というとあたかもその対立項が互いに対等で競い合っているような印象を受けるが、いるんだかいないんだかわからない主人公フロランを典型的な「痩躯」として、対立させるよりむしろその存在の希薄さから鏡のようにレ・アールの周りの人々の生態を「脂肪太り」として写し出していっている、といったらいいだろう。
たとえばフロランの義理の妹にあたるリザ(Lisa)。商売の切り盛りに長けている聡明でしかも美貌の賢妻として通っているが、ところが彼が第二帝政に不満があることがわかると、その独裁制から来る反対派への徹底的抑圧からは目をそらし、強権的な経済政策の恩恵をこうむって店が潤っていることにしか気が行かないという、強欲さが露呈する。また市場で彼女と並んで美女であるという評判の魚河岸の女将がフロランを憎からず思っていることが分かると、嫉妬ゆえか、それまでの礼儀正しい建前が崩れ、ライヴァル意識が露骨になり、いがみ合うようになる。そしてとうとう詮索好きなばあさんの与太話にさんざん尾ひれがついて、フロランが政権転覆の首謀者にしたて上がられてしまうと、取るに足らない存在の義兄がそんなだいそれたことができないことなど等閑視して、そろばん勘定はできるが噂話を信じる愚かさを露呈し、ひたすら自己保身に走り、ついに警察に密告に行くという愚行はおろか、家族を売るという道徳に悖る行為に至る。ところが警察においてすでにレ•アールのかなりの人が同じようにフロランを垂れ込んでいることにびっくりする。ようするにリザとはレ・アールのいたるところに棲息し、自らを正直者(honnêtes gens)と充足して疑わない「脂肪太り」の典型であり、「痩躯」の典型のフロランが彼らの欺瞞を鏡として赤裸々に写し出したのである。
もちろん「痩躯」という異端は排除され、レ•アールの秩序は回復する。つまり「脂肪太り」たちが「正直者」といううわべに安住することが再び可能となったのだ。自らの作品に曖昧さを残さないゾラは物語の狂言回しの役をしているルーゴン・マッカール家の一員である画家のクロードに「正直者はなんと悪党なんだ!」、といささか蛇足気味の言葉を最後に吐かせて、お話しを終える。
第二帝政の社会、経済的側面に関しては横張誠、『芸術と策謀のパリ―ナポレオン三世時代の怪しい男たち』、講談社選書メチエ、1999年、政治に関しては蓮實重彦、『帝国の陰謀』、日本文芸社、1991年、を参考にしました。
ヴァージニア・ウルフの日常の物へのスタンス及びその描写の仕方に関しては田尻芳樹、『日常という謎を生きる』、東京大学出版会、2024年から着想を得ました。
