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日英伊F3開発プロジェクト~その予想される米軍産複合体の妨害~

割引あり

日本の航空機産業の原点 その天才たち

三菱重工業の天才設計者、堀越二郎。彼は、日本を代表する名機「零戦」を生み出したことで世界的に知られています。
中島飛行機が「エンジンのパワーと生産性」で勝負したのに対し、堀越二郎がいた三菱重工は「洗練された空気力学と極限の軽量化」を追求しました

風立ちぬ(スタジオジブリ)は堀越二郎のお話です。

© 2013 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, NDHDMTK

「白い坂道が空まで続いていた・・・」のイントロの「ひこうき雲」

ひこうき雲 / 荒井由実(松任谷由実) 
風立ちぬ(2013年7月20日公開)
英語タイトル: The Wind Rises

GHQによる徹底した航空機産業禁止政策

我が国の航空機業界の変遷

国際共同開発パートナー

ボーイング機の35%を製造している!!

「35%」という数字は、ボーイングの最新鋭中型機である「787 ドリームライナー」における日本企業の構造部位分担率を指しています。主導しているのは、かつて戦前に戦闘機を製造していたメーカーの流れを汲む、日本の「航空三社(重工三社)」と呼ばれる大企業です。

航空三社(重工三社)の棲み分け

GHQの施策は、日本の軍事的な再起を防ぐという目的において、航空産業の根幹を断つ極めて決定的なものであったと言えます。

三菱重工業

名機ゼロ戦と九六式

堀越二郎

かつてのライバルだった中島飛行機出身のエンジニアたちと手を組み、日本初の民間旅客機YS-11の設計に参画しました。彼は「技術委員会」のメンバーとして、戦後日本の航空産業復活の礎を築きました。

東亜国内航空 YS-11

堀越二郎が遺したもの

新幹線や自動車へと受け継がれる技術

堀越二郎は晩年、東京大学宇宙航空研究所の講師や防衛大学校の教授を歴任し、次世代のエンジニア育成に力を注ぎました。

中島飛行機

中島飛行機は、戦前の日本において三菱重工業と並び立つ、あるいは特定の分野ではそれを凌駕した世界最大級の航空機メーカーです。
創業者の中島知久平(ちくへい)の思想から、戦後の「スバル(SUBARU)」への変遷まで、非常にドラマチックな歴史を持っています。

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