川辺川ダム,事業認定
RKK NEWS DIG,2026/07/15
球磨川支流の川辺川に計画されている川辺川ダム(熊本県球磨郡相良村)につき,国土交通省から事業認定が告示されました。事業認定とは,土地収用法に基づき,強制収用するための手続です。正確に言えば、いざとなったら強制収用できる手続というべきで,事業認定以降,強制収用に向けて,一直線に突き進んでいくというわけでありません。とはいえ,ダム計画に於いては,重要な局面を迎えました。
その川辺川ダムですが,計画の膠着具合から「東の八ッ場,西の川辺」と言われたこともありました。実際,民主党への政権交代(2009年8月)時に言われた,スローガン『コンクリートから人へ』の具体的な事例が八ッ場ダム,川辺川ダムでした。
その川辺川ダム。発端は1960年代の3つの水害でした。1963年,1964年,1965年と3年連続して水害が発生したのです。その後,国は治水・利水を目的とする多目的ダム計画を発表しました。
しかし,この計画に反対の声があがりました。そのなかには,ダムがむしろ水害を悪化させるという「体験」に発するものでした。川辺川ダム計画の発端となった3水害の前には,球磨川流域で市房ダムというダムが造られているのですが,このダムができて以降,むしろ水害は酷くなったという「体験」「証言」が多々あるのです。
そうしたこともあり,地域の理解が得られず,ダム計画は大きな反対運動にあってきました。その歴史のなかで,2003年5月には,国が裁判で負けるという事態もありました。当時国が計画した川辺川ダムは,その利水用途として農業用水がありました。国営川辺川土地改良事業です。この事業では,土地改良事業に参加した受益農家が2,000人以上で集団訴訟を起こすという事件に発展しました。詳しい話は(残念ながら)省略しますが,福岡高裁で原告が勝訴(国が敗訴)するのです。理由は,同事業にあたって国が集めた署名には,死者の署名押印など,無効の署名があるというものでした。
国の敗訴部分が事実認定であったことから,国は上告できず,判決は確定しました。その影響は大きく,利水計画そのものがなくなります。そして遂には,ダム計画そのものを白紙撤回するに至るのです。蒲島県知事は「球磨川は県民の宝」として,県議会にて川辺川ダム反対を表明しました。2008年9月のことでした。反対表明は,国が策定する球磨川水系河川整備基本方針への賛否を述べる文脈で表明されたものでした。
注)首長によるダム反対は,樺島知事だけではありません。当時,流域市町村では,人吉市をはじめ多くの首長がダムへの反対を表明していました(ダム反対を掲げて選挙に臨み,当選する事態もありました)。
当時,地元紙(熊本日日新聞)が行ったアンケートによると,この知事の姿勢に85%の人が賛成したといいます。そのような強い世論を受けて,ダム計画は一度中止になりました。翌2009年9月(先ほどの民主党政権交代の時期です),政府は川辺川ダム中止を発表し,一度はダム計画が白紙に戻ったのです。
ところが。。。
2020年,知事は再びダム計画の必要性を主張するようになりました。同年7月の豪雨災害を受けてです。この時,治水単独ダムとして,また穴あきダム(流水型ダム)として再構想されました。今回事業認定されたのは,このダム計画です。
流水型ダムというのは,(普段は)水を溜めないダムです。洪水時にのみ,ダム湖内に水が溜まるというダムです。樺島知事や国土交通省は,流水型ダムであれば,環境は悪化しないといいますが,それは分かりません。これまでに造ってきた流水型ダムとは,ダムの規模が全然違います。川辺川ダムは堤高107.5メートルのダムですので,先例がどこまで通用するかわかりません。
熊本県民テレビ,2024/02/06
長くなってきたので,この辺で一度やめますが,紆余曲折を経てきた川辺川ダム計画。重要な局面を迎えました。続報があればフォローし,その時補足も書きたいと思います。
