稲穂健市の知財コソコソ噂話 第29話 医薬品と特許
2025年5月、東レ(先発医薬品メーカー)が「かゆみ改善薬」に関する自社の特許権を侵害されたとして沢井製薬・扶桑薬品工業(後発医薬品メーカー)を訴えていた裁判で、知財高裁は被告2社に計217億円の支払いを命じました。これは日本国内の特許権侵害を巡る裁判で言い渡された賠償額としては過去最高額です(現在上告中)。
後発医薬品とは「ジェネリック医薬品」とも呼ばれ、先発医薬品の特許権の存続期間の満了後に製造・販売される、同じ有効成分を含み同等の効き目があると認められた医薬品です。相対的に価格が安いことから、後発医薬品の影響で先発医薬品の売り上げが大きく落ち込むことを「特許の崖」(パテントクリフ)といいます。
しかし、冒頭の裁判のように先発医薬品の特許権侵害が起こりうるなど、医薬品関連の特許は、他の分野の特許と比べるといろいろと特殊です。
まず、多面的な保護を図るために、「物質特許」(有効成分となる新規化合物の構造に関するもの)、「用途特許」(既存の医薬品の新たな用途に関するもの)、「製剤特許」(製剤上の工夫に関するもの)、「製法特許」(医薬品を製造する際の技術に関するもの)などのポートフォリオが組まれる例が多く見られます。
また、物質特許と用途特許に関しては、特許請求の範囲(クレーム)が単なる文章ではなく、物質を特定する化学式を含めて記載されるという点もユニークです。例えば冒頭の裁判で問題となった特許(特許第3531170号)の請求項1は次のようなものです。

さらに、「延長出願登録制度」が利用できるという点も特殊です。通常、特許権の存続期間は出願日から20年ですが、医薬品の場合、薬機法(医薬品医療機器等法)による承認を得るための臨床試験や承認審査が長期に及ぶ場合があり、特許権が存在していても、承認までの期間についてはその利益を享受できないという問題が発生することから、この制度を使って特許権の存続期間を最長で5年延長できるようになっているのです。
やっかいなのは、延長後の特許権の効力が特許発明の全範囲ではなく、延長登録の理由となった「政令で定める処分の対象となった物」についての実施にのみ及ぶという点です。冒頭の裁判では、処分の対象となった物と「実質同一」であるかを巡って争われました。このように、特許権の存続期間が延長された場合、どこまでその効力が及ぶのかは非常に悩ましい問題です。
そのため、後発医薬品の承認時に、先発医薬品の特許情報を考慮して特許権侵害を避けることを目的とした「パテントリンケージ制度」というものがあるのですが、わが国の制度は法律で定められたものではなく、さまざまな問題点が指摘されており、制度の運用改善についての議論が進んでいます。
なお、これまで主流であった「低分子医薬」(化学合成によって製造される医薬品)に加えて、近年は「抗体医薬」(人間の免疫システムが持つ「抗体」の働きを利用した医薬品)、「核酸医薬」〈DNA(デオキシリボ核酸)やRNA(リボ核酸)などの「核酸」を利用した医薬品〉、「ペプチド医薬」(アミノ酸が数個から数十個つながった「ペプチド」の生理作用を利用した医薬品)なども登場しており、医薬品メーカーの特許戦略も変化してきています。
『発明 THE INVENTION』(発明推進協会)2026年1月号掲載
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