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夜にも高度な乳化理論(おっぱい)



これはコメディやネタではない

今回、右脳と左脳で見え方が違うらしい雲の動画を見た。

「ゴリラに見える」 「馬に見える」

などと、様々な知的考察が行われていた。


なるほど、視覚認知の多様性というやつか。 人類とはかくも奥深い。


そう思いながら動画を見ていたのだが、どう見てもおっぱいだった。


いや別に、こちらも好きでおっぱいを見ているわけではない。
向こうが勝手におっぱいとしてこちらへ飛び込んできているのである。


しかし問題はそこではない。


本当に恐ろしいのは、 イケメン投稿者本人が一度も「おっぱい」と言っていないことである。


むしろ彼は終始、


「え? 何か?(無垢)」


みたいな顔をしている。


私は何も誘導していませんが?


みたいな、 飲みでセクハラする、あの顔である。


だがコメント欄は違った。


おっぱい


おっぱいだろ


完全におっぱい


おっぱいにしか見えない


もうおっぱいなんよ


心浄化してきまーす


など、 人類の知性が次々と排水されていた。


つまり、 おっぱいと言わせたのは雲ではない。


あの、 「私は何も知りませんよ?(無垢)」 という顔である。


あの顔によって発生した情動圧が、 コメント欄という排水口へ吸い込まれていく。


動画本体は最後まで健全。 しかしコメント欄だけが、 異常な速度で乳化していく。


高度なおっぱいであった。


なお、 その構造を真剣に分析した結果、 二児の父である私は、 すかさず友人たちに一斉送信し、会話で「おっぱいおっぱい」と連呼して喜んでいた。

実質6歳児のそれである

ただ、 ここまできて私は一つの可能性に辿り着いた。


人類は、 おっぱいそのものに惹かれているのではない。


「おっぱいと言いたくなる空気」 に惹かれているのではないか。


もしそうだとするならば、 現代SNSとは巨大な情動排水システムであり、 我々は日々、 コメント欄へ感情を流し込み続けていることになる。


などというシリアスな観測擬態を装いながら、
最終的には、 ただおっぱいおっぱいと喜んでいるだけの、
知能6歳未満の二児の父が、 自身のnoteまで排水口にしてしまったことは、 いうまでもない事実である。




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