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人はパンツのゴムではない。現場の無理を「回っている」と勘違いする管理職

上司の口から飛び出した「キャパシティはパンツのゴム」というトンデモ理論



「キャパシティはパンツのゴムみたいに いくらでも伸びる」

以前いた会社の部門朝礼で、当時の上司がおもむろに口を開き、大真面目にこう言いました。

これは自分史上まれに見る迷言です。

何年経っても忘れられないです。

なんならパンツを見るだけでも思い出すことができます。

その言葉を聞いた瞬間、

「なにそれwww」

人のキャパシティとパンツのゴムをつなぐという新しすぎる発想に感動すら覚えたのですが

素に戻ると呆れを通り越して、

「何か悪いものでも食べてあたまがおかしくなったのかなあ」

とか

「このひとは寝言を言ってるのかなあ」

などと

午前9時をすぎてもまだ完全に起きてない頭でそう思いました

ちなみに私の頭が完全に起きるのは金曜日の午後6時以降です。

センスがあるのかないのか判断しかねる「パンツのゴム」という例えを、

いい大人が、しかも部門を預かる人間が、朝礼というオフィシャルな場で発するんですよね

仮にネタだとしても、ウケるか滑るかまあまあ際どいラインです

普通に「キャパシティはゴムのように伸びる」と言えばいいのに、

輪ゴムでもなく

靴下のゴムでもなく

マスクのゴムでもなく

ヘアゴムでもなく

パジャマのゴムでもなく

なぜか「下着のパンツのゴム」なのです

そしてなぜ私がこの言葉を記憶し続けているのかというと、

そのひと言が笑いのツボに刺さりすぎたからではあるけど、それ以上に猛烈にムカついたからです。

もうすでにギリギリなのに??

キャパシティってゴムみたいに伸びるの?


伸びるわけねえだろ('A`)


どうやら管理職の世界では、

部下は人ではなく、パンツのゴムだったようです

パンツのゴム発言を聞いた他のメンバーはどう思ったのかわかりませんが

朝礼はいつも通りお通夜のようなムードで誰一人つっ込む者もなく、みんな無表情で、ただ静かに聞いていました。

私はといえばその言葉でテンションはだだ下がり、もともとゼロのやる気はマイナスにまで堕ちていきました。

今まさに現場で擦り切れているメンバーに向かって「パンツのゴムみたいにもっとキャパを増やせ」と平然と言い放ってしまうその感覚のズレ

「これこそ社畜の鏡かもしれない」

上司の社畜としての素質に大きな可能性を感じながらも

大真面目にトンデモ理論を語る姿を見て、

私は上司という個人に対しても、それを許容している会社という組織に対しても、ますます失望を深めていくことになったのです…('A`)



「長時間労働で残業は当たり前」奴隷労働の日々


当時の私は、夜遅くまで働く日が当たり前のように続き、実質の拘束時間は11時間+残業が数時間。

その上、業務中は常にスピードと効率を求められ、息をつく暇もありません。なのに人はなかなか増えません。

ブラック企業のくせに身の程をわきまえていないから採用での選り好みが激しく、新しい人がなかなか入ってきません。

そして毎日定時で帰りたいと思いながらも、常に定時で帰りにくい空気が流れています。

なんなら朝礼の時点で「今日は定時で上がります」と、まるで自衛官が防衛線を張るかのようにわざわざ宣言する人間がいる始末です('A`)

定時で帰る宣言を聞くたびに

「それ言う必要あんのか??」

と毎回思ったんだが、そうやって予防線を張っておかないと定時直前に仕事をねじ込まれかねません。

家に作業を持ち帰ることもありました。

土日に自宅で仕事のために渋々パソコンを立ち上げることも珍しくなく、休みの日もしっかり休んだ気がしません。

人でもない近所の犬の方が、よっぽど人間らしい生活を送っているような気がしました。


古代エジプトの労働環境のほうがよっぽどまし


もう古代エジプトのピラミッド建設現場で働きたい('A`)

悲しいことに日本のブラック企業労働者よりも、約五千年前の古代エジプトの労働者のほうが労働条件が良かったりします。

歴史を紐解くと「知らなきゃよかったなあ('A`)」と凹んじゃうやつです。

古代エジプトのピラミッド建設で、奴隷たちがむち打たれながら働かされていたというのは大ウソです。

現場で働いていたのは奴隷ではなく、国が雇用したれっきとした労働者です。

しかも彼らには給与として十分すぎる量のパンや肉、ビールが毎日支給されていたといいます。

物価高でビールを我慢して発泡酒で妥協してる私には、羨ましすぎる条件です。

古代エジプトのピラミッド建設現場と現代日本のブラック企業を比較すると、「労働環境」と「セーフティネット」の面で、古代エジプトの方が優れていたと評価できなくもない点が多々あります…。

古代エジプトのピラミッド建設労働者は年間休日120日で、長い昼休みは昼寝もできます。

私は仕事中デスクでこっそり昼寝していましたが、ピラミッド建設の労働者は堂々と昼寝ができるのです。

わたしが「古代エジプトのピラミッド建設現場で働きたい」そう思ってしまうのも無理はないでしょう。

タウンワークとかで募集してたら今すぐにでも応募したいです。

なんか五千年前のエジプト人よりも現代人のほうが奴隷っぽくない

人類って、数千年経ってもさほど進歩してないですよね('A`)

そんなピラミッド建設現場の労働環境を知ると、

21世紀なのに五千年前のエジプト人より劣悪な環境で働いてて、しかも「もっとキャパ伸ばせ」と尻を叩かれる現実に

ますます疑問を深めていくわけです…


人間は永久機関ではありません


当然のことですが人間には限界があります。

銀河鉄道999の機械化帝国で機械の体にでもしてもらわない限り、

長時間働けば疲労する、集中力も落ちます。

生きていくためには十分な睡眠も必要です。

アンパンマンも濡れたら代わりの顔が必要です。

土日にまともに休めなければ、長期的に心身が消耗していくのは当然です。

肉体的な限界だけでなく、メンタルを壊してしまう人だって珍しくありません。

パンツのゴムはいくらでも伸びる(ように見える)のかもしれません。

でも、お父さんが使い古したパンツのゴムを見ればわかります。

履き続ければパンツのゴムは当然のびのびになるし、ヨレヨレにたるんでいきます。

そんなパンツは履いてもずり落ちてくるだけで、パンツがパンツとして機能しなくなります。

パンツの話なのかキャパシティの話なのか書いてる本人もわかんなくなってきます。

キャパオーバーになると、

体調を崩す人、休職に追い込まれる人、そしてそのまま退職していく人も出てきます。

会社側は皆さんは「人材」ではなく「人財」ですなどと耳障りのいいことを言いながら、その裏では二枚舌を使い、従業員をただの消耗品として扱うのです。


「回っている」と「回している」を勘違いする管理職


なぜ組織や管理職は、現場に対して「まだ伸びる」「まだいける」と思いたがるのでしょうか。

そこには決定的な認識のズレがあります。

現場の人間は決して余裕があるわけではなく、デフォルトで無理をしています。

いつも誰かが自分の時間を削って無理を重ねています。

でも、それを上から見ている管理職の目には、ただ「業務が問題なく回っている」ように見えてしまうのです。

彼らは、現場の必死の無理を「通常運転」だと勘違いしてしまいます。

実際には、自然に回っているわけではありません。

「やらなければいけない」という雰囲気や、

上司からの見えない圧に「NO」と言えない環境がある

だから「回ってる」んじゃなくて、身を削って無理矢理「回している」だけなんです。

みんな、文句を言いながらも現場は何とか工夫して回してしまうものです。

すると管理職は「まだできるじゃん」と、さらに新しい仕事を回してきます。

上から見ると「まだ大丈夫、まだ伸びる」。

でも現場は「けっこう限界」。

こうやって現場と管理職との間に、離婚寸前の夫婦のように深い溝が生まれるんですね…('A`)


パンツのゴム理論の先にあるもの


この「パンツのゴム理論」には致命的な欠陥があります。

  • ゴム(人員)が伸びきってしまった後

  • そもそも伸びなかった場合にどうなるか

という視点が完全に欠落しています。

仮に現場のキャパシティがゴムのようにグイグイと伸びたとして、その先に何が待っているのでしょうか。

給料が劇的に増えるわけでないし、

下手したら1円も上がらないことすらあります。

労働時間が減るわけでも、

仕事が楽になるわけでもありません。

「あいつは伸びるパンツのゴムだ」認定された瞬間に、できる人のところにさらに仕事が集中するだけです。

一方で、伸びきれない人にも容赦なく負荷はかかり続け、現場はただひたすら疲弊していきます。

無理を続けた結果、待っているのは「成長」などというキラキラした言葉ではありません。

眠れなくなる、
崩れていく体調、
そしてメンタルへのダメージ。

これらがセットになって襲いかかってきます。

そして限界を迎えて退職すれば、その人の人生には大きな傷跡が残ります。

収入は途絶え、
キャリアは止まり、
何より自分への自信を失ってしまう。

そう考えるとパンツのゴム理論は無責任で、浅はかな根性論でしかないのです。

キャパシティは無限には伸びません。

無理やり伸ばし続けた先に残るのは心身の負債だけです。

人間には必ず「限界」があります。

限界があることは決して「甘え」などではなく、

生存のための正当なアラートなのです。


まとめ


「キャパシティはパンツのゴム」

自分史を書くなら必ず書き記したい強烈なひと言です。

もし今の文明が滅んで、

何万年後かに新しい文明が生まれ、

たまたま私の自分史が発見されたとき、

「キャパシティはパンツのゴムのように伸びないですよ」

と未来の人に伝えたいです。

でも、もしかしたらそのときには

人類が時空や次元を扱うことができるようになっているのかもしれません。

そんな未来の人々が私の自分史を見たら

「時空をいじれない昔の人は大変だったんだなあ」

と笑うのかもしれません。

余談ですが、パンツのゴム上司は常にどこか余裕がない印象でした。

決して悪人だったわけではありません。

時には私を飲みに連れて行ってくれたこともありましたし、仕事上で良くしてもらったことだって、確かにあったのです。

風の噂によると、その上司も社内の人間関係の力学が変わる中で、次第に周囲から孤立してしまったそうです。

最終的にはメンタルを病んで退職し、その部署自体もなくなってしまったと聞きました。

いま振り返ってみると、
あの上司自身もまた「いくらでも伸びるパンツのゴム」として扱われ、限界まで引き伸ばされて潰れてしまった犠牲者だったのかもしれません。

そもそも、人間のキャパシティを「真面目に」パンツのゴムに例えるその発想自体が猛烈にダサいです。

人も時間も、無限に伸びる資源ではありません。

人は簡単に交換できる部品でもなければ、使い捨ての消耗品でもないのです。

血の通った人間なんです。

むしろ人よりパンツのゴムの方が、よっぽど丈夫で優秀かもしれません。

いっそのことパンツのゴムを雇えばいいんだと思います。

パンツのゴムなら文句を言わずに働いてくれると思います。

実際、毎日ちゃんとパンツがずり落ちるのを防いでくれているんですから

平ゴムはダイソーに行けば10個買ってもたったの1,100円なんで、人件費も劇的に削減できるし、経営陣も泣いて喜ぶはずです。

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※【注意】購入してもキャパシティは1ミリも増えません。


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