世界観の設計図 #1 aespaの世界観の解像度を上げたら、肝はファンに出す宿題の量だった。
KWANGYA。æ。FLAT。SYNK。naevis。Black Mamba。
意味、分かりますか。
わたしは初めて見た時、正直、ひとつも分かりませんでした。呪文にしか見えなかったんです。
aespa 에스파#aespa #æspa #에스파 pic.twitter.com/jZEZ67PZq3
— aespa (@aespa_official) October 30, 2020
これは全部、2020年にデビューしたaespa(エスパ)というK-POPグループの「世界」を作っている言葉です。
KWANGYA(クァンヤ)は境界のない荒野、
æ(アイ)は現実の自分の分身、
FLAT(フラット)はそのæが住む空間のことで、
SYNK(シンク)は本人とæがつながる現象を指し、
彼女たちを助けるAIがnaevis(ナイビス)で、
その接続を邪魔する敵がBlack Mamba(ブラックマンバ)。
説明されても、まだ半分くらいは「ふーん」だと思います。
それでいいんです。
ここで大事なのは、意味そのものではありません。世界中のファンがこの呪文を何時間もかけて解読して、考察して、共有して、それを「楽しい」と言っている。その事実のほうです。
知らない人からすると、他人のグループLINEを横から覗いてしまった時の感じに近いんじゃないでしょうか。
外から見たら意味不明。中に入った人には、たまらなく面白い。
この落差は、一体、何なんでしょう。
この記事では、「K-POPから学ぶ世界観の設計図」と題して、第一回は「世界観の濃さはコストである」という点から解説していきます。
「世界観は濃いほどすごい」という誤解
エンタメの現場には、ひとつの空気があります。世界観は作り込むほどすごい、設定が分厚いほどリッチで本格的で価値がある、という空気です。
わたしも長い間、そう思っていました。設定資料やコンセプトブックが厚いと、なんだか「ちゃんとしている」気がします。地図があって、年表があって、固有名詞の体系があると、それだけで「よくできた世界」に見えてしまうんですよね。ゲームとかはまさにそうです。
その感覚は分かります。否定したいわけじゃありません。
でもね、K-POPの世界観を何十グループ分も並べて眺めていくうちに、わたしはひとつの結論に辿り着きました。
aespaの濃さは、すごさじゃない。
それは、ファンに出す〈宿題の量〉なんです。
世界観に入るには、宿題を解かないといけない
もう一度、aespaに戻ります。
aespaの世界に「入る」には、やるべき作業があります。KWANGYAって何だろうと調べて、æと本人の関係を理解して、ミュージックビデオに埋め込まれた記号を拾って、ファンの考察動画やSNSのスレッドを追って、やっと「なるほど、そういうことか」と腑に落ちる。この一連の「解く時間」こそが、コストです。
どれくらいの時間かというと、ファンが自作した解説動画は20分や30分がざらです。しかも英語だけではなくて、スペイン語やポルトガル語でも同じような長尺の解説が作られている。
言い方を変えると、この設計はファンに時間を使わせています。しかも、使わされている感じがしないまま。設定を解読するという宿題を、みんな自分から進んでやっている。
そして、ここが構造的に面白いところです。宿題の量が多いほどファンの熱量は上がり、滞在時間が伸び、考察が考察を呼んでコミュニティが濃くなる。自分が時間を注いだ世界からは、簡単には離れられないからです。グッズやアルバム、コンサートやコラボカフェにお金が落ちるかどうかは、フォトカードの特典設計という別レイヤーの話なので、そこは濃さと切り分けたほうがいい。
深さが出ます。
でも、同じ理由で、全く逆のことも起きます。宿題が多いほど、新規で入ってくる人の敷居は上がる。「なんか難しそう」「ついていけなさそう」と、入口で回れ右する人が増えます。
広さが、削られます。
つまり世界観の濃さは、深さと広さを交換する装置です。片方を得ると、片方を失う。きれいなトレードオフになっています。
わたしの見立てでは、これは「物語を消費する客」と「世界観に住む住人」の違いでもあります。宿題を出さない世界には客が大勢来て、宿題を出す世界には住人が少数、深く根を張る。
宿題は、なぜ「愛」に変わるのか
ここで、引っかかる人がいると思います。労働なら、面倒くさいはずじゃないか、と。宿題なんて、普通は嫌われるものです。
でも、世界観の宿題は逆に働くんです。理由は、二つあると思っています。
ひとつは、解いた時間がそのまま「自分の投資」になるからです。KWANGYAの意味を調べて、考察を読んで、やっと腑に落ちる。その積み重ねは、他人には見えない自分だけの資産になります。人は、手間をかけたものを簡単には手放せない。かけた手間こそが、愛着の正体なんですよね。
もうひとつは、固有名詞が「合言葉」になるからです。æやSYNKという言葉を使えること自体が、「わたしはこの世界の住人だ」という証明になります。世界観の用語は、知識であると同時に、ファンダムの中での仲間の記章でもある。だから覚える。だから使いたくなる。
宿題を出すというのは、つまりファンに「あなたはこの世界の一員だ」と言える共通した物語を渡すことです。面倒なものが、帰属の喜びに変わる。濃い世界観の魔力は、ここにあります。
濃いaespa、薄いNewJeans
この一軸で並べ直すと、K-POPの景色が急にクリアになります。
aespaは、宿題が多い。KWANGYAという固有名詞の体系があって、敵がいて、AIがいて、物語がある。解読しがいがあるから、考察でファンが深く繋がります。
一方で、NewJeans(ニュージーンズ)はどうでしょう。
彼女たちには、あの手の作り込まれた設定がほとんどありません。むしろ意図的に持っていない。プロデュースしたミン・ヒジンは、K-POPが積み上げてきた作り込みの世界観から、はっきり距離を置いてきた人です。その代わりにあるのは、90年代から2000年代の「隣にいる女の子」みたいな空気と、一貫したビジュアルとトーンだけです。
面白いのは、その彼女がどこから来たのかというところです。
NewJeansを作ったミン・ヒジンはSMエンタテインメントで少女時代やEXOのビジュアルを手がけ、2017年には取締役にまでなった人でした。EXOの「Pathcode」という謎解きだらけのティザー企画も彼女の仕事で、あれは難解すぎて、メンバー本人が「説明は聞いたけど、まだよく分からない」と会見で言ったほどでした。
濃い側を極めた人が、次に薄い側を選んだわけです。この一点だけで、濃さが「実力」ではなく「選択」だということが分かります。
宿題は、ほぼゼロ。だから誰でも、予備知識なしで、ふらっと入れます。
ティザーもメンバーの名前も出さないまま、デビュー曲のミュージックビデオをいきなり公開したのも象徴的です。身構える時間も予習の余地も与えず、気付いたらもう始まっている、という入り方でした。
ここで「NewJeansは世界観が薄いから浅い」と言ってしまうと、たぶん間違いです。
薄いのは、欠点じゃない。設計なんですよね。
宿題をゼロに近づけたからこそ、NewJeansはデビューから1年ほどで世界中に広がって、ファッションブランドとのタイアップとも軽やかに組めました。
aespaは深さを取り、NewJeansは広さを取りました。同じ「世界観の設計」という土俵の上で、ダイヤルを全く逆の方向に振っただけの話です。この数年で、どちらも、超絶成功したんですよね。
もちろん、違いを作ったのは濃さだけではありません。楽曲も、デビューの時期も、事務所の体力も違います。ただ、その全部を差し引いても、宿題の量という一軸で並べたときにいちばん見通しがよくなる。
何時間の宿題を出しているか
ここまでの内容を見ると、世界観を「濃いかどうか」で測るのは、もうやめていいと思っています。
見るべきなのは、どれくらいの時間を、誰に課しているのか。
aespaは何十分、NewJeansは何秒。
そういう目を持ってみるだけで、狙いが見えてきます。濃くするのはコアなファンに深く住んでもらいたいとき、薄くするのはとにかく広く、速く届けたいとき。局面によって、ダイヤルの位置は変わっていいんです。
それぞれ見ていくと、宿題は、多ければ多いほどいいというものではありません。NMIXX(エンミックス)の「MIXXTOPIA」は、K-POPのなかでもかなり野心的に作り込まれた世界観です。ただ、その野心を評価する声と並んで、耳慣れない用語と複雑な曲構造がカジュアルな層の参入障壁になっている、という指摘も出ました。宿題を出しすぎると、深さを得る前に、そもそも人が来なくなります。
それに、宿題を出す側にもコストがかかります。設定は増えるほど整合を管理する手間が増えて、一度でも矛盾すると、いちばん熱心に解読してくれていた人から怒られる。濃さを選ぶというのは、その運用まで引き受けるということです。
経験的には、まず覚えてもらうコアな固有名詞は3つから5つに絞るくらいがちょうどいいのかなと思います。全部を渡そうとすると、たいてい重すぎて誰も受け取ってくれません。
また、SM系が世界観ごり押しに対して、そのカウンターで NewJeansのようなとっつきやすい世界観のものが生まれたというのもあります。
いつの時代も揺り戻し、カウンターカルチャーの需要は確実に存在するので、そういった意味でも NewJeans のタイミングや、彼女たちがやったことは設計され尽くしているものだと見えます。
というわけで
まとめていきましょう。
世界観は、濃さを競うものではなく、濃度をどこに置くかの設計です。特に最近のK-POPは、この選択をとても賢くやっています。曲そのものはプレイリストで流し聴きするだけでも楽しめて、でも知りたい人はいくらでも深くまで潜れる。
表の入口は広く、裏の宿題は深い。これ同時に成立させています。作品を「消費してもらう」のか、世界に「住んでもらう」のか。宿題の量は、その分かれ道でもあります。
次回は、その「濃い宿題」をどうやって作るのかを分解します。K-POPがなぜ「わざと説明しない」のか。沈黙でファンを動かす、考察の話をします。
それでは。
朝日けけ。
第二回を更新しました。
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