世界観の設計図 #2 ATEEZから学ぶ「考察を生み出す世界観」のつくり方。
Cromer。World A。World Z。Strictland。信頼できない日記。
これはATEEZ(エイティーズ)という8人組の世界を組み立てている言葉です。2018年にデビューして、2026年2月のEPはビルボード200の3位に入っている、いまも現役のグループです。
Cromer(クローマー)は砂時計の形をした道具で、
満月の夜には世界と世界のあいだを渡れて、三日月の夜には夢のなかで誰かと話せる。World A は高校生の悩みがあるふつうの世界で、World Z は Strictland(ストリクトランド)という、感情が技術で抑えられて芸術が禁じられた未来の国です。
物語はメンバー自身の日記で断片的に明かされますが、どれだけ読んでも真相には到達しません。
ここまでで「意味不明」だと思った人。
正常です。
この物語を追っているファンが、公開されている日記を全文読み上げる配信をしたことがあります。2025年5月時点の分量で、4時間14分かかっていました。
この尺を見たとき、K-POPの世界観は趣味の作り込みではなく、設計された装置なんだと思いました。誰かが4時間かけて読み上げたくなる分量と構造が、偶然できあがるはずがないんですよね。
前回、世界観の「濃さ」はファンに出す宿題の量だという話をしました。今回はその一段あとの話で、K-POPから学ぶ「世界観の設計図」の第2回として、その濃い宿題はどうやって作るのかを分解していきます。
分からなさは、バグではなく仕様
装置の話に入る前に、動機のほうから片づけます。
なぜ、わざわざファンを混乱させるのか。意地悪でも手抜きでもなく、明確に経済的な理由があります。
世界観が分からないと、ファンは調べます。考えます。「これはこういう意味じゃないか」と考察して、その考察を動画にして、長いスレッドを立てて、解説記事を書いて、友達に「ねえ、これ見て」と共有します。マーケティングの用語ではUGC、つまりユーザー生成コンテンツと呼ばれるものです。会社の側から見れば、広告費をかけないまま露出が増えていく状態になります。
しかも考察は考察を呼びます。ひとつの解説動画に別のファンが「いや、そこは違う」と反論を返し、その応酬が次の動画になる。放置していても話題が増殖していくんですよね。
ファンがつくる百科事典
ATEEZの場合、その規模が異常です。ファンが自分たちで作った専用のwiki(ウィキ)があって、ストーリーだけを扱う専門サイトがあって、時系列をまとめた設定資料の共有ドキュメントとスライドまで出回っています。1時間半から2時間の解説動画も何本もあって、スペイン語版まであります。ひとつのグループの架空の物語のために、ファンが百科事典を編纂しているわけです。
もちろん、ここまで積み上がったのは装置の設計だけが理由ではありません。8年分の作品量も、ファンダムの熱量も効いています。ただ、熱量があっても解読の余地がなければ、百科事典は生まれないんですよね。
考えてみると、すごい話です。広告を打てば費用が消えていきますが、考察はファンが自腹の時間で、しかも楽しそうに制作してくれる。
その燃料になっているのが「分からなさ」のほうです。全部きれいに説明されていたら考察は生まれません。考える余白がないからです。だからあの分かりにくさは、バグではなくて仕様なんです。手抜きの未完成ではなく、意図的に空欄として設計された未完成です。
技術の起点は2012年のEXOだと思っています。彼らはデビュー曲「MAMA」のミュージックビデオの頭に英語のナレーションを置いて、12の力が生命の樹を守るために二つに分かれた、という神話をいきなり宣言しました。
前回ふれたPathcodeのティザーも同じ発想で、答えは提示せず、断片だけを置いています。
あれから十数年たって、これはK-POPの標準装備になりました。標準になったからこそ、分解できます。名人の勘ではなく、部品でできているからです。
部品は3つあります。
ここからは有料です。
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